*このコーナーでは、『日本の論点』スタッフライターや各分野のエキスパートが耳寄り情報、マル秘情報をもとに、政治・経済・外交・社会などの分野ごとに近未来を予測します。
10月14日、少年事件で精神鑑定を担当した精神科医の崎浜盛三容疑者(49)が、少年の供述調書をジャーナリストの草薙厚子氏(43)に閲覧させたとして、刑法の秘密漏示容疑で逮捕された。崎浜容疑者は、昨年6月に奈良県田原本町の医師宅で放火事件を起こして家族3人を焼死させた少年(当時16)を精神鑑定した際に、奈良地裁から資料として少年や父親などの供述調書のコピーを渡された。昨年10月、この事件を取材していた草薙氏の求めに応じ、京都市内のホテルや自宅で3回に渡り、供述調書のコピーを見せた疑いで逮捕されたのである。
草薙氏は今年5月、同事件を題材にして単行本『僕はパパを殺すことに決めた 奈良エリート少年自宅放火事件の真相』(講談社)を出版した。同書によれば、少年は医師の父親から暴力によって勉強を強要され、精神的に追い詰められていた。テストの点が悪く、父親に叱責されるのを恐れ、家ごと消し去ることを思いつく──。同書は、少年が犯行に至るまでの心の動きが詳細に綴られている。だが、その大部分は著者が自分で調べて書いたわけではなく、〈3000枚の捜査資料に綴られた哀しき少年の肉声を公開!〉と本の帯に記されたように、供述調書をそのまま引き写したものであった。
医師は弁護士などと同様に、業務上知り得た人の秘密を漏らせば、6月以下の懲役または10万円以下の罰金に処せられる。当初、著者の草薙氏は、まさか崎浜容疑者が逮捕されるとは思っていなかっただろう。ところが、当事者の少年と父親から秘密漏示罪での告訴を受けた奈良地検は、調書の内容を草薙氏に漏らした秘密漏示容疑で異例の強制捜査に踏み出した。崎浜容疑者は、「事前に内容を確認できず、そのまま本に引用するとは思っていなかった」と供述している。調書がどのように扱われるのかも知らされず、だまし討ちにあったようなものだった。
供述調書の所有者は限られている。捜査機関が本腰を上げれば、所有者を特定することは難しくない。草薙氏は、崎浜容疑者が逮捕される前に「検察当局に情報源の特定につながることは一切話していない。命を差し出しても言えない」と発言していた。しかし、供述調書をそのまま引用した本を出版すれば、取材源が特定されることは容易に予測できたはずだ。まして本の表紙には、流出するはずのない少年の自筆による「殺害カレンダー」が使われていた。崎浜容疑者は、本の表紙を見て青ざめたのではないか。
取材者と情報提供者との関係は、あくまでも相互の信頼によって成り立つ。崎浜容疑者は、草薙氏をプロのジャーナリストとして信頼し、同氏への取材協力が事件への再発防止につながると確信したからこそ供述調書を閲覧させたにちがいない。捜査当局が執筆者の情報提供者を逮捕したことで、今後の出版や報道活動に与える影響が危惧されている。だが、今回の事件は、明らかに執筆者と版元に落ち度があるように思える。情報提供者に対する配慮が、あまりにも欠如していたと言わざるを得ない。
(福本博文 ふくもと・ひろふみ=ノンフィクション作家)
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