*このコーナーでは、『日本の論点』スタッフライターや各分野のエキスパートが耳寄り情報、マル秘情報をもとに、政治・経済・外交・社会などの分野ごとに近未来を予測します。
12月19日に行われた韓国の大統領選で、最大野党であるハンナラ党の李明博候補(元ソウル市長)が、旧与党系・統合民主新党の鄭東泳候補に圧勝、10年ぶりの保革政権交代を実現した。李明博氏は、貧しい家庭に育ち苦学して大学を卒業、30代で現代建設の社長に上りつめるという立志伝中の人物。選挙戦でも“CEO(最高経営責任者)大統領”をキャッチフレーズに、「経済はまかせてほしい」と訴えることで、雇用の悪化や所得格差の拡大を理由に盧武鉉現政権への不満を募らせていた国民の支持を集めた。
金大中・盧武鉉両左派政権の10年間、韓国外交は「反日・反米ナショナリズム」に振り回されてきた。日本に対しては、教科書問題や竹島問題、果ては「日本海」の呼称問題にいたるまで、過去をめぐるあらゆるテーマで批判を繰り返し、小泉純一郎前首相の靖国参拝などもあって、首脳外交は断絶した。アメリカに対しても、盧武鉉政権が、2002年の米軍装甲車による女子高校生轢殺事件をきっかけとする反米運動を背景に誕生したこともあって、「脱米自主外交」「自主防衛」を主張、外交の軸足を日米から中国、北朝鮮に移す「北東アジア・バランサー論」を打ち出した。そのひとつが在韓米軍がもっている韓国軍の戦時指揮権の返還要求だ。(2012年の返還で合意)しかし、アメリカは、逆に「米軍は歓迎される国に配置する」と、北朝鮮の南侵に対する安全装置となってきた在韓米軍の完全撤退さえ検討中だと言われている。さらに、国際社会が北朝鮮の核開発疑惑や人権問題に関して圧力を強めるなか、北朝鮮の核実験実施によって、これまで「太陽政策」の名の下に多額の援助をばらまいてきた政策が、完全に裏目に出たことが明らかとなった。李氏の政策ブレーンである金泰孝・成均大教授は、「盧政権は六カ国協議の機能を弱めてきた。どのみち韓国から支援が入ってくるなら、北朝鮮が核を廃棄しようという気になるわけがない」(読売新聞12月20日付)と指摘している。
韓国外交の迷走は、つまるところ左翼運動家出身の「素人」が多くを占める政権が、国際政治の現実を踏まえず、自分たちのイデオロギーに固執したところに起因する。かつて駐日大使や金泳三政権の外相を務めた孔魯明氏は、「この左派10年は韓国にとってどういう意味があったのか。それは『大韓民国』の否定から始まった。民主化を主導した左派学者は『北朝鮮に正統性があり韓国は傀儡政権』という認識から出発しているためだ」(産経新聞12月18日付)と述べた。盧武鉉大統領が「過去の清算」の一環として、朴正熙政権下の人権弾圧の再調査を行ったり、日本統治時代の「親日派」の子孫から財産を没収したのが、まさにそれを証明している。
李氏は最初の記者会見で、「進歩・保守の立場を超えた実用主義的外交を進める」と述べた。この「実用主義」は、左派政権の下で10年間続いた「イデオロギー先行型政治」へのアンチテーゼといえる。北朝鮮に対しては「経済交流の前提は核廃棄」と明言、単独への経済援助から、六カ国協議の枠組みの中で、北朝鮮が核放棄プロセスに入った場合に、その見返りとして援助に参加する方針へ転換することになる。また李氏は当選直後、アメリカのバーシュボー大使、日本の重家俊範大使と相次いで会談、日米重視の外交姿勢を明らかにした。韓国では「親日的」と目されること自体が政治生命を危うくするため、李氏もまた歴史問題では日本に批判的な言動を行ってもいるが、本音では経済人として「実利」を重視しており、過去にあまり関心がないという。著書でも「批判すべきは批判するが、協力関係を通じ、お互い利益を得るのが外交だ」と述べている。前政権との差別化をはかる意味でも、李氏は対日関係の改善を図ると見られる。同様に、最重要課題ともいえる対米関係の修復も急速に進むだろう。2007年に入ってアメリカは北朝鮮へ接近しており、李氏が六カ国協議の枠組を重視すれば、ちょうど米国と歩調が合うことになる。日米にとっては、これを機会に、ここ数年休眠状態だった日韓米三国調整グループ(TCOG)を再活性化させ、六カ国協議の主導権を中国から引き戻す、といった戦略も選択肢の一つとなりうる。
引っかかる点があるとすれば、今年6月に調印された米韓FTA(自由貿易協定)の批准に、次期米大統領の最有力候補であるヒラリー・クリントン上院議員が反対していることだ。アメリカが南北アメリカ大陸以外の国でFTAを結んでいるのは、現在のところイスラエルだけであり、そのぶん韓国経済界の期待は大きいが、クリントン議員やペロシ下院議長など民主党指導部は、「米国の自動車メーカーにとって対等な競争環境を作り出さない」ことを理由に強く反対、ブッシュ大統領の任期中の批准は難しい状況である。もともと労働組合は民主党の強い支持基盤であるが、このところの景気減速で、アメリカ経済界全体に保護主義的な空気が広がりつつある。「ヒラリー大統領」の下で米韓に経済摩擦が発生するようなことがあれば、「CEO大統領」である李氏は、国民の支持を保つために、アメリカとの対決姿勢を打ち出すことがあるかもしれない。
(高橋 理 たかはし・さとる=『日本の論点』スタッフライター)
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