*このコーナーでは、『日本の論点』スタッフライターや各分野のエキスパートが耳寄り情報、マル秘情報をもとに、政治・経済・外交・社会などの分野ごとに近未来を予測します。
途上国を中心に、食糧価格が高騰している国々で政府への抗議デモや暴動が頻発している。世界最大のコメ輸入国フィリピンでは、コメの小売価格がこの数カ月で3割跳ね上がり、マニラでは大統領退陣要求デモが発生、同じく中部のパナイ島では、共産党の軍事組織が米穀業者の倉庫を襲撃する事件が起きた。ハイチではコメや豆類、食用油などの価格が高騰、抗議のデモ隊が警官や国連平和維持活動(PKO)部隊と衝突して6人が死亡、60人以上が負傷した。このほか、タイの農村ではコメ泥棒が横行して農家が自警団を組織したり、アフリカ諸国でも抗議デモや暴動がおさまらない。世界銀行では世界食糧計画(WFP)に5億ドルの緊急提供を呼びかけ、日本政府もこの内1億ドルの緊急支援を決めている。
食糧農業機関(FAO)によると、昨年3月からの1年間で主要穀物の国際価格は、コメが約1.7倍、小麦は約2.3倍、トウモロコシは約1.4倍に上昇した。価格急騰の背景には旺盛な需要と供給の不安がある。需要面では人口14億の中国の経済成長が大きい。生活が豊かになるにつれて食肉量が増加し、牛肉の飼料となる穀物需要を増大させているからだ。牛肉1キロの生産には11キロのトウモロコシが必要だが、中国ではこれが加速度的で、トウモロコシはいまのところ何とか自給しているが、たんぱく質飼料として重要な大豆の輸入は急増している。
もうひとつの需要増の原因が、原油高である。米国やブラジルでトウモロコシ、サトウキビ、大豆生産のかなりの部分がバイオ燃料の原料へ当てられた結果、食糧に回る分が大きく減ったのだ。米国ではバイオ燃料向けのトウモロコシが、07年度は輸出量を完全に上回った。
供給面での不安は、異常気象が続いていることだ。食糧輸出大国であるオーストラリアでは、100年ぶりといわれる2年連続の干ばつで、01年に164万トンあったコメの生産量が、07年5月は1万5000トンと百分の一に減った。また05年に2500万トンを収穫した小麦は06年11月には990万トンと半分以下になり、小麦価格急騰のきっかけになった。
こうした世界的な食糧不足を背景に、農業生産国の間では、自国の食糧不足を心配して穀物輸出を規制する動きが広がっている。ロシアが07年11月から、大麦30%、小麦10%の輸出税を導入(08年1月から小麦を40%に引き上げ)、中国でも07年12月にコメ、小麦、トウモロコシ、大豆などに課す付加価値税の輸出還付を取り消し、08年1月からは5〜25%の輸出税を導入した。インド、ベトナム、エジプトはコメの輸出を停止(ベトナムは08年6月まで)、アルゼンチンは07年11月から大豆、小麦、トウモロコシに輸出税を課しているほか、05年から牛肉の輸出量を半減させている(日本経済新聞4月20日付)。
日本でもこの数年、原油高によるガソリン、その他の値上げで輸送コストが上昇していたが、今年に入って原材料そのものの高騰、食品類は軒並み10〜20%の値上げラッシュとなった。よく知られているように、日本の食糧自給率は、先進国の間でも際立って低い。1960年度には79%(カロリーベース)あったものが、06年度には39%まで落ち込んだ。ちなみに、他の主要先進国の自給率は、豪州が237%、米国128%、フランス122%、ドイツ84%、英国70%である。
「食」をテーマに世界を取材したフリージャーナリストの青沼洋一郎氏は、その著書『食料植民地ニッポン』のなかで、「自らすすんで食料植民地となることで、自給率の目減りを代替に、経済成長をとった」と指摘しているが、ざっくりというなら、今日にいたる日本の食料政策は、付加価値の高い工業品を輸出するかわりに、相手国から農業生産物を輸入するという構造によって成り立ってきた。06年度の農林水産物の輸入実績の合計額は8兆859億円だが、最大の輸入相手国は米国で、全体の22.4%を占める。次いで中国の14.5%、豪州の7.8%、カナダの6.2%だ。
しかし農業生産国における輸出規制が現実のものとなるにしたがって、その路線にも赤信号がついた。『食糧争奪』などの著書のある柴田明夫氏(丸紅経済研究所長)は、「穀物価格が高騰し、これまで5〜10倍あった内外価格差が2〜3倍に縮小した。日本はこれをチャンスととらえ、物流や流通を合理化するとともに付加価値の高い新製品を開発すべき」だという(週刊東洋経済2月23日号)。加えて安全、安心を武器にすれば、安い輸入作物とも十分勝負できるというわけである。しかしこうした食糧戦略には、バイオなど、大規模資本による技術開発力が欠かせない。
だが、日本ではそこに大きな壁が立ちはだかる。漁業法(漁業を行う者は漁業者に限るとしている)に端的にあらわれているように、農業、漁業とも実質的に他業種からの参入ができない仕組みになっているのだ。何よりも、急いでこの参入障壁を取り払う必要がある。このまま手をこまぬけば、世界のストックが尽きるときは容易に予測できる。作物が育つには、それ相応の時間がかかるのだ。その間にもし気候異変に見舞われたら……食糧危機はまったなしのところに来ているのである。
(青山和樹 あおやま・かずき=フリージャーナリスト、「日本の論点」スタッフ・ライター)
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