*このコーナーでは、『日本の論点』スタッフライターや各分野のエキスパートが耳寄り情報、マル秘情報をもとに、政治・経済・外交・社会などの分野ごとに近未来を予測します。
現在、新型インフルエンザとしての発生が最も懸念されるH5N1型ウイルスについて、4月6日、厚労省はプレパンデミック・ワクチンの臨床研究結果を発表した。政府は、この亜型の系統の異なる3種類のワクチン(ベトナム株・インドネシア株・中国株)を備蓄しているが、このうち2種類のワクチンを期間をおいて2度接種すれば、ある程度、系統(ウイルス株)の違いを超えても、感染・発症の際の重症化を防ぐ効果が期待できるとした。ただし、大規模な事前接種をおこなうかどうかについては、今秋までに結論を出す方針だという。
この1、2年、新型インフルエンザへの社会の関心は格段に高まり、関連報道の数も増えつつある。だが、この問題を数年間フォローし続けている者の目から見れば、一般の認識は「何かよく分からないがヤバイらしい」という程度のものだ。そもそもメディアの側に危機をめぐる報道に伴うべき緊張感が欠けているのである。まさに「木を見て森を見ず」――これが日本における新型インフルエンザをめぐる政策論議と報道の現状だといってよい。
たとえば、紙面を大きく割いた解説記事にはこうあった。
新型インフルエンザとは、毎年流行するインフルエンザウイルスの亜種に当たる。ほとんどの人が免疫を持っていないため世界的な大流行(パンデミック)を起こし、社会機能や経済活動も混乱する恐れがある。過去に、世界中で4000万人が死亡したスペイン風邪(1918年)や、アジア風邪(1957年)などの例がある。東南アジアを中心に近年流行している鳥インフルエンザもこの亜型で「H5N1型」と呼ばれている。(東京新聞09年1月29日付)
この説明で、新型インフルエンザが何であるかわかるだろうか。そもそも「スペイン風邪」がH1N1型で、「アジア風邪」がH2N2型である以上、この「亜型」という言葉の意味は不明である。この記事を書いた記者は、「新型インフルエンザ関係の用語は、一般になじみが薄い。国の対策の流れに沿って、基本知識を解説しよう」と考えたのだろうが、肝心なことが書かれていない。
新型インフルエンザを正しく理解しようとすれば、それは、インフルエンザを「地球最大規模の人獣共通感染症」として理解する必要がある。より具体的には、鳥インフルエンザ、新型インフルエンザ、季節性インフルエンザの区別と相互関係を理解することである。つまり現在、毎年流行している季節性のA型インフルエンザ(香港型、ソ連型)も、もともとは鳥の間で流行していた「鳥インフルエンザ」だったのである。そしてこの鳥型ウイルスが、人の間で流行する型に大変異し(=人型ウイルスの発生)、最初に人類に襲いかかったときに「新型インフルエンザ」と呼ばれるのである。その後、ウイルスは人の間に「定着」し、今度は、毎年、小変異を繰り返しながら流行する。これが通常の「季節性インフルエンザ」だ。
新型インフルエンザを解説するならば、この3者の関係を説明しなければならない。なぜならこの点をおさえずに必要な対策など見えてこないからだ。
対策を立てるうえで、とくに重要なのは、「新型インフルエンザ」がいかにして「通常の(季節性)インフルエンザ」として人々の間に「定着」するかである。問題の核心はここにこそある。そして、この過程については、いまだ科学的に完全に解明されたわけではないが、大いに活かすべき歴史の教訓があることを以下で述べておきたい。
慶應義塾大学名誉教授の速水融氏は自著で、スペイン・インフルエンザの流行の際(1918〜1920年)、軍隊に新兵が入営する毎年12月1日以降に、いったんは終息したかに見えた流行がまたぶり返す様子を詳述している(『日本を襲ったスペイン・インフルエンザ』藤原書店)。さらに、軽巡洋艦「矢矧(やはぎ)」が、流行の収まったはずのシンガポールに上陸したにもかかわらず、結果として乗務員のほぼ全員が感染し、甚大な被害を出した悲劇についても取り上げている。
この歴史事実は、「新型インフルエンザ」は、大部分の人々が免疫を獲得するまで、「新型インフルエンザ」として流行しつづけ、人々の間に「定着」するまでに、誰もが、感染するか、ワクチンを打つしかない、ということを意味しているのではないか。だとすれば、家庭での対策として、目下国が奨励している食糧・日用品・常服薬の備蓄と流行時の外出自粛は感染を防ぐためには重要であるが、これも「当座の一時しのぎ」にすぎない。「矢矧」の悲劇が示すように、流行のピークが過ぎても、新型ウイルスに対する免疫を持たないかぎり、安心して外出はできないからだ。
現在、懸念されているH5N1型の強毒性新型インフルエンザの発生に際して、被害を最小化するもっとも効果的な対策は、すでに国家備蓄している3000万人分のプレパンデミック・ワクチンを、副作用に関する情報をすべて開示したうえで、希望する国民全員に事前接種することだ。現時点で備蓄量が3000万人分しかないのが致命的だが、対策の「切り札」をわれわれはすでに手にしているのである。一定の安全性が確保されたプレパンデミック・ワクチンを、希望する国民全員に接種し、大部分の人々がH5N1型ウイルスに対する免疫を獲得できれば、その脅威は、大半が事前に取り除かれるのだ。
もちろん、プレパンデミック・ワクチンを事前接種した人でも、ウイルスの変異により、新型ウイルス発生時に感染・発症する可能性は大いにありうる。しかし重要なのは、感染・発症しても、プレパンデミック・ワクチンを事前接種していれば、H5N1型ウイルスも、もはや完全な“新型ウイルス”ではなくなる、という点だ(岡田晴恵編『〈増補新版〉強毒性新型インフルエンザの脅威』(藤原書店))。
じつは、新型インフルエンザの感染症としての最大の脅威は、流行拡大のスピードにある。海外で新型インフルに感染した会社員一人が帰国して感染を拡大させるという想定のシミュレーションがある。「感染3日目に東京・八王子の自宅に戻り、4日目に東京・丸の内の勤務先に出社してから発症。病院で新型インフルと診断され、7日目から自治体などの対策が始まるというシナリオ。感染拡大は25日目ごろにピークを迎え、最終的には首都圏住民(3400万人)の51・6%が感染」(国立感染症研究所・大日康史主任研究官、朝日新聞09年2月24日付)
だからこそ、パンデミック・ワクチン(発生後に人型ウイルスを元に製造される。ゆえに高い免疫反応を示す)よりもプレパンデミック・ワクチン(鳥型ウイルスを元に製造されるため、免疫反応自体はより劣る)のほうが、実際にとり得る対策としては「有効」なのだ。
さらにプレパンデミック・ワクチンの事前備蓄だけでなく、事前接種が考えられなければならない。というのも、プレパンデミック・ワクチンは、高濃度の原液として備蓄されているため、接種の際にはこれを希釈し、免疫増強剤を添加し、小分けにして出荷されるが、この最終製品の調整過程に1カ月半を要するからだ。また、有効な免疫をより確実に獲得するためには、2回の接種が必要とされ、これには1カ月を要するとされる。つまり、緊急にワクチンを接種しようにも合計で2カ月半を要することになるのである。これではプレパンデミック・ワクチンをいくら事前備蓄しておいても、新型インフルエンザ大流行の第1波には間に合わない可能性が高い。
念のためにつけ加えれば、H5N1型以外のウイルスが強毒性新型インフルエンザとして流行する可能性も、完全には排除できない。だが、鳥の間における流行、人への感染の現状からして、いまもっとも警戒すべきなのはH5N1型ウイルスであることは明らかだ。もちろん、「財政事情が厳しいなかで、国家として、起こるか起こらないか分からないような事態のすべてに対応することはできない」という声もあるだろう。だが、必要経費はそれほどでもないのだ。現行のプレパンデミック・ワクチン一人分の原価は高めに見積もっても1000円程度で、国民全員分なら約1300億円である。
そもそも、流行発生後の後追い的な対応のほうが、被害規模の抑制において著しく効果が低く、コストも高くつく。さらに、H5N1型新型インフルエンザが発生した場合には、あまりに甚大な被害が想定されており、最悪の場合、日本国内で210万人の死者が出るほか、2次災害として、大量の感染者・死者の同時発生による経済的損失は、日本ではGDP80兆円、世界ではGDP303兆円に達するとの推計も出ている。こうした想定を考えるならば、1300億円は「万一の保険」として合理的に受け入れられる額ではないだろうか。
公衆衛生こそ、国民の生命と安全を守るべく存在する国家が担うべき第一の任務であろう。そして、危機をめぐっては、メディアの側にも、時間的制約のなかでリスクを負いながら、情報を取捨選択することが求められる。新型インフルエンザに関していえば、「いつ起きてもおかしくない」「世界のどこでもいったん発生すれば、驚異的なスピードで流行する恐れがある」という2つの時間的制約をつねに意識した報道がなされなければならないのである。
(西本泰郎 にしもと・やすお=ジャーナリスト、『日本の論点』スタッフライター)
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