*このコーナーでは、『日本の論点』スタッフライターや各分野のエキスパートが耳寄り情報、マル秘情報をもとに、政治・経済・外交・社会などの分野ごとに近未来を予測します。
去る5月19日、オバマ大統領は、ジョン・トーマス・シーファーに代わる駐日大使に、55歳の弁護士ジョン・ルースを指名した。
このとき国内の報道では、ルースが「知日派」の「大物」でなかったことが強調された。大統領選挙中からオバマを支えてきた側近のロバート・ギブズ大統領報道官ですら、記者会見でルースの経歴等について訊ねられた際、返答に窮したというから、アメリカにおいても事情は同じだった。
日米の報道のなかでもう一点強調されたのは、ルースが民主党を長年にわたって支持し、多額の献金を取りまとめてきた人物だということだった。アメリカではこうした人物を「バンドラー」と呼ぶ。「バンドラー」とは「お金を束ねる人」の意味で、特定の候補者のために個人献金を取りまとめる人物のことを指す。
ルースは、2004年の大統領選挙で、ジョン・ケリー候補選対の選挙資金委員会副委員長を務め、10万ドル以上の個人献金を取りまとめた。そして、2008年の大統領選挙では、オバマ候補のためにじつに50万ドル以上の献金を取りまとめたのである。
オバマは大統領選挙期間中、インターネット等を通じて小口の個人献金を幅広く集めたとされるが、小口に劣らず大口の個人献金も集めていた。とりわけ、ルースがバンドラーとしてオバマの選挙活動の初期費用を調達した貢献は大きく、その後の選挙戦に弾みをつける大きな要因となった。ちなみに、ルースは、選挙戦初期の2007年3月、自宅で資金集めパーティーを開催、そこで30万ドルを集めたと語っている。
以上のような経緯もあり、今回のルース指名はカネを集めたことへの「論功行賞」であり、ひいては「日本軽視」のあらわれではないか、という見方が、日本の多くのメディアで報じられた。
たしかに、アメリカにとって大使のポストとは、選挙期間中に功績の大きかった者へのまさしく「論功行賞」のポストの一つである。
歴代政権でも多くの資金を集めたバンドラーたちが、のちに大使に就任した例は枚挙にいとまがない。古くは、ジョン・F・ケネディ元大統領の父親、ジョセフ・ケネディが、フランクリン・ルーズベルト大統領から駐英大使に指名されたのも同じ理由だった。
オバマ政権でもイギリス、ドイツ、フランス各国の大使には、いずれもバンドラーが指名されている。しかし、オバマが今回、ヨーロッパの主要同盟諸国への大使と同様の観点で駐日大使を選んだのだとすれば、それは「日本軽視」のあらわれとはいえないだろう。
今回の人事には、さらに注目しておくべき点がある。
まず一点は、ルースがハイテク産業の集まるシリコンバレーに本部を構える全米指折りの法律事務所、Wilson Sonsini Goodrich & Rosatiの最高経営責任者(CEO)として、IT、バイオなどハイテク関連企業の財務等を専門としており、顧客にはグーグル社やアップル社をはじめ、シリコンバレーの有力IT企業を多く抱えているという点である。ルースは、こうしたIT関連業界の幅広い人脈をベースに、バンドラーとして多額の献金を集めてきた人物なのである。
もう一点は、オバマがITをきわめて重視しているという点である。オバマが選挙期間中、ITを選挙活動のツールとして大変重視し、YouTubeやFacebookを積極的に利用して、若者を中心とする多くの人々の心を掴み、そして多くの選挙資金を集めたことは広く知られている。
そして、大統領となったオバマは現在、ITの積極的な活用を推進している。史上初めて政府CTO(最高技術責任者)を設置、CIO(最高情報責任者)およびCPO(最高業績責任者)と合わせ「三頭体制」を構築して、最新のIT導入による行政コストの大幅な削減に取り組んでいる。
さらにもっとも注目すべきなのは、グーグル社のCEOエリック・シュミットらは、IT関連業界でオバマが築いた人脈であり、それが同時に彼の「金脈」ともなっている点である。選挙期間中のオバマ候補への企業・団体別個人献金総額では、マイクロソフト社が第4位、グーグル社が第5位に入っていて、いずれも計70万ドル以上という多額の献金である。
こうして見ると、今回オバマは、グーグルやアップルというアメリカIT産業の雄を顧客に持つ「ビジネスマン」を大使として日本に送り込んできたといえる。この点は、今後十分に注視していく必要があるだろう。
その意味でルースの指名は、日米「新時代」の幕開けを告げるオバマ大統領からの「サイン」ととってよいのではないか。
(畑 敦之 はた・のぶゆき=社団法人アジアフォーラム・ジャパン研究員 http://asianforum.jp/)
|