*このコーナーでは、『日本の論点』スタッフライターや各分野のエキスパートが耳寄り情報、マル秘情報をもとに、政治・経済・外交・社会などの分野ごとに近未来を予測します。
一般市民が刑事裁判に参加する裁判員制度がスタートした。朝日新聞の全国集計によれば、7月7日の時点で同制度の対象となる事件の起訴件数が208件にのぼった。罪名別では、殺人(未遂含む)事件が54件でもっとも多い。現在、全国各地の地方裁判所で公判前に争点を絞り込む第1回公判前整理手続が開かれているところだが、8月3日には東京地裁で殺人事件を審理する第1号の裁判員裁判の初公判が開かれる。9月以降は、裁判員裁判による初公判が次々に開廷されるようになるため、一般市民から選ばれた裁判員たちは、いやでも死刑判決も出かねない重大事件の審理に加わらなければならなくなったのである。
裁判員は国民の義務である。だが、できれば参加したくないと思う人が依然として多い。毎日新聞が制度開始の5月から1カ月間、インターネットでアンケートを実施したところ、「義務でも参加したくない」と回答した人は64%にのぼった。「人を裁くことに抵抗がある」「有罪・無罪や刑の重さを判断する自信がない」という理由からだ。54%の人が死刑制度に賛成(反対は20%)と答えながらも、死刑判決に一般市民が関わることに賛成した人は、20%にとどまったのである。
大方の人は、死刑制度を支持しながらも死刑判決を下さなければならないような裁判には関わりたくないと願っているが、宗教界には、裁判員制度のあり方そのものに批判的な意見が根強い。
日本カトリック司教協議会とカトリック中央協議会は、6月18日に聖職者や修道者が裁判員に選ばれた場合、原則として調査票・質問票の段階で辞退することを勧める、という公式見解を発表した。対象者は約7000人で、「裁判員候補を辞退したにもかかわらず選任された場合は、過料を支払い不参加とすることを勧める」とした。カトリックでは「聖職者は、国家権力の行使への参与を伴う公職を受諾することは禁じられている」(教会法第285条第3項)ためだ。そうした教えに加えて日本カトリック司教協議会は、死刑廃止を支持している。約45万人の信徒には辞退を求めていないが、死刑判決に関与するかもしれないなどの理由で拒否する人の立場は尊重するとしている。
日本の仏教界でも、やはり死刑制度反対の立場から裁判員制度を批判する声が高まっている。約550万人の信者を擁する真宗大谷派では、「殺してはならない。殺させてはならない」という釈迦の教えを踏まえ、今年の1月29日に「死刑制度に反対し裁判員制度の見直しを求める決議」を発表した。同派は、1998年より死刑が執行されるたびに抗議声明を出してきたが、死刑の廃止に向けた議論が十分に果たされていない社会状況では、現行の「裁判員制度」を容認することはできないと主張する。
裁判員裁判では凶悪事件を扱う以上、人を裁いた結果として、死刑=人を殺すことに関与してしまうことが、誰の身にも起り得るようになった。
裁判員裁判は、裁判員の数が揃わなければ成立しない。戦争における兵役拒否のように、たとえ辞退できたとしても、ほかの誰かがかわりに裁判員になって死刑判決に関与しなければならないのだ。「死刑問題は票に結びつかない」という理由から、政治家たちはこの問題を声高に論じてこなかった。だが、裁判員たちは、罪を犯した者の生命を奪う死刑という問題と正面から向き合わなければならないのだ。それはとりも直さず、国民に死刑制度のあり方を問いかけることにほかならない。
(福本博文 ふくもと・ひろふみ=ノンフィクション作家)
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