*このコーナーでは、『日本の論点』スタッフライターや各分野のエキスパートが耳寄り情報、マル秘情報をもとに、政治・経済・外交・社会などの分野ごとに近未来を予測します。
東京外国為替市場は11月27日、円が14年ぶりに1ドル=84円82銭まで急伸し、日経平均株価は約4カ月半ぶりに9081円52銭(前日比301円72銭安)と急落した。これを受けて、藤井裕久財務相は「一方的に偏った動きだ。適切な対応を採ることもあり得る」と、円売り・ドル買いの為替介入の可能性を示唆した(*1)。
市場関係者の間では、今回の急激な円高は、11月24日に公表された米連邦公開市場委員会(FOMC)の議事要旨のなかで、米国は今後も低金利政策を継続し、緩やかなドル安を容認する、と確認されたことがそもそものきっかけだったとみられている。
これまでも、世界的にドル売り(ドル安)が進むなか、オーストラリアやイギリスなど金利の高い国の通貨や、金、原油などの投機商品に資金が流れていたが、日米の短期金利が逆転したことで、今度は円に資金が流れ込んだ。じっさい短期金利の指標として使われることの多いLIBOR(*2)の6カ月物は11月17日から、円がドルを上回った(11月30日時点の6カ月物のドルLIBORは0.48813パーセント、円LIBORは0.49875パーセント)。政府が11月20日の月例経済報告で、デフレ宣言したが、デフレ状況が日本の実質金利(*3)を割高にしているため、日本経済の実力以上に円高が進行したといってよい。
さらに11月26日には、アラブ首長国連邦(UAE)ドバイ首長国の政府系持ち株会社「ドバイワールド」の信用不安が表面化した。これによって、ドバイ向け投融資を抱えている欧州金融機関の経営不安が浮上、ユーロから円に投機資金が流れて円高を加速させた。
こうした円高に対して藤井財務相は、就任以来、一貫して「人為的に為替で自国の通貨を安くする政策はおかしい」、「通貨安競争の結果、第二次世界大戦が起こった」(*4)など、円売り・ドル買い介入はおこなわない意向を示してきた。ところが、09年9月下旬、8カ月ぶりとなる1ドル=88円台に円高が進行した際には、「相場が異常に動いたら、しかるべき措置をとることもありうる」と発言しており、このところの円高には相当の懸念を示していたことがわかる(*5)。
結局、今回の円高は12月1日の終値で1ドル=87円3銭となり、落ち着きを取り戻した。しかし、ドル安基調が続くかぎりは、ふたたび円高が進行する事態が想定される。では、そうなった場合、政府は介入するのか。市場関係者の間では、政府は、実際には為替介入には踏み切らないとみられている。なぜなら、民主党政権が「外需から内需へ」を掲げたからには、内外に円高を容認する姿勢を示している、と受け止められているからである。また、「世界でドル全面安の現在、日本が単独で介入しても効果がない」(櫨浩一ニッセイ基礎研究所経済調査部長)という声もある(読売新聞09年11月27日付)。
これから為替相場はどう動くのか。UBS銀行の東川宗照氏によれば、日本の輸出企業が海外で得たドル建ての収益を円に転換することで、さらにまた円高が進行する可能性があるという(日本経済新聞09年11月26日付)。主要輸出企業は、09年下半期の為替レートを1ドル=85〜90円と想定しており、これ以上の円高は、企業収益を圧迫するため、輸出企業が転換を急がざるをえないからである。
いっぽう、元モルガン銀行東京支店長で、フジマキ・ジャパン代表の藤巻健史氏は、「ドルはかならずもち直す。円高は一時的な現象だ」とみる。その根拠は、「米株価は底値だった3月9日以降、60パーセント上がっている。金融再編も進んでおり、大手行は年間1兆円弱の利益が出そうな状況」だからだ。さらに、「基軸通貨としての地位は、輪転機でドルを刷れば世界中の富が買えるという点で最高の国益」である。となれば、米国は今後、必死になってドルを守るはずだ、と予想する。そして、「円は本来の実力以上に過大評価されている。国債を乱発して債務超過に陥っている状況で通貨が強くなるはずがない。(私は)円の実体レベルを1ドル=170円くらいと想定している」(「週刊朝日」09年12月11日号)。
民主党のなかには、「円高は輸入価格が下がるので消費者にメリットがある」という肯定論もあるが、輸出依存から脱却できていないいまの日本経済にとっては、あきらかにマイナス、GDPを押し下げるのは疑いない。実力以上の円高に対しては、政府は為替介入も辞さず、といったメッセージだけでも内外に発する構えが必要ではないか。
(*1)
為替介入を実際におこなうのは日銀だが、介入のタイミングや金額、方法は財務相の指示によっておこなわれる。介入資金は財務省の外国為替資金特別会計から捻出される。この特別会計には積立金が約20兆円あるが、現在、円高による為替差損で約6〜7兆円の積立不足が生じている。
(*2)
ロンドンにおける銀行間の取引金利のこと。日本では「ライボー」と呼ばれる。英国銀行協会が複数の銀行の金利を午前11時の時点で集計して、毎日発表している。国際的な金融取引における金利の基準とされ、「LIBORに何パーセント上乗せ」という表記で金利が決められる。信用力の高い企業はLIBORより低い金利で融資を受けられるが、信用力が低いとLIBORよりも高い金利を支払う必要がある。
(*3)
金利には名目金利と実質金利がある。名目金利とは、定期預金を預けるときの金利や住宅ローンを借りるときの金利のことを指す。実質金利とは、名目金利から物価上昇率(インフレ率)の予想を差し引いた金利のことで、経済に影響を与えるのは、名目金利ではなく実質金利であるとされる。たとえば、名目金利がゼロであっても、物価上昇率の予想がマイナス1パーセントのデフレ状況ならば、実質金利は1パーセントと名目金利を上回る。
(*4)
1930年代の大不況で、世界の大国は輸出に活路を見出そうとしたため、自国通貨の引き下げ(ダンピング)競争が起きた。さらに、植民地とのつながりを強化して閉鎖的な経済循環のシステム(ブロック経済)をつくり上げた。しかしこれは、植民地の血によって欧米列強が栄えるという一方的なもので、植民地をもたないドイツや日本は困窮していき、ドイツは東ヨーロッパで、日本は満州でブロック経済を確立しようとした結果、ナチスや大東亜共栄圏構想が生まれた。かくして自国通貨のダンピングは、第二次世界大戦の遠因の一つとなったという説がある。
(*5)
じつは藤井財務相は、93年から94年にかけて、細川政権、羽田政権のときに蔵相を務めているが、円相場が戦後初となる1ドル=100円の大台を突破した際に、約2兆円の為替介入をおこなっている。その結果、当時の日本は100円割れの円高回避に成功した。だがこれは、為替介入の効果ではなく、当時、「経済冷戦」のなかで円高容認策を採っていた米クリントン政権が、「改革派」の非自民政権の誕生を受けて、これをストップしたことが大きいとされている。
(館石 淳 たていし・じゅん=『日本の論点』スタッフライター)
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