増大する社会保障費、不安定な雇用、広がる貧困――。こうした不安をいっぺんに吹き飛ばす政策としてひそかに注目を集めているのが「ベーシック・インカム」(BI)政策だ。ベーシック(基本的)・インカム(収入)の保障、つまり「国民なら誰でも、無条件に、一定の額の現金給付を受けることができる」というもの。先の総選挙では、新党日本がこのBI導入を明確に掲げたほか、民主党や社民党の政策にもBI的な発想がみられた。民主党の「子ども手当」や税で賄う基礎年金案は、限定的なBIともいえる。
そんな大ばん振舞いが可能なのかという人もいよう。問題は財源だが、第一義的には所得税が主体だ。BIを支給すると、配偶者控除や扶養控除などが不要になるため、課税対象額が現在の2倍以上になり、財源が増える。また、年金や生活保護、児童手当などはBIに一元化することができるから、行政コストも大幅削減が可能だ。京都府立大学の小沢修司教授は、「働いたその収入で生活できるという資本主義の前提はすでに壊れ、安定した雇用がいつ不安定になるかわからない。そんな時代に社会保障制度の機能不全を解決する根本的な発想の転換策」(朝日新聞9月12日付)だと期待する。
小沢教授の試算によれば、所得税の累進課税をやめて税率45%の単一比例課税にすることで、一人月額8万円の支給が可能だという。これほど高率の税であっても、たとえば年収700万円・子ども1人の世帯では収入が増える計算になる。反対に、シングルの場合は年収300万円を超すと収入が減ってしまう。
BIの面白いところは、こうした、一見、社会主義的な政策の対極に位置するはずの市場原理派にも支持者がいるという点だ。日本新党の田中康夫代表は、8月7日に行われた「日本『改国』宣言」記者会見で、「(BIは)まさにジャズとクラシックのような左右の学者が支持する政策」だと説明した。しかし、そのどちらの側に立つかによって、言い分が若干異なってくることに留意しなくてはならない。
市場原理派に立てば、「各種の社会保障・社会福祉は、できるだけベーシック・インカムに集約し、それ以上に必要な人が利用する、保険、年金、各種のサービスなどは、民間に任せる」(山崎元(はじめ)・経済評論家2007年8月28日付ブログ)という「小さな政府」の実現に貢献することになる。また、誰にでも一定のセーフティネットが用意されているため、雇用は、よりフレキシブルになる。つまり、企業は需要に合わせて雇用調整や賃金カットなどを行いやすくなり、労働者側も、働かないことも含めて、選択肢の自由度が高まる。恒常的に広くお金を支給することで消費の拡大も期待でき、景気対策としても有効だということになる。
いっぽう、市場原理派に反対の立場の人たちが期待するのは、所得の再分配機能だ。貧困問題を解消し、福祉受給者の尊厳の回復なども含めた「福祉の拡大」が期待できるという。最低限の生活の保障があるため、労働者は賃金の低い仕事をイヤイヤやる必要もなくなり、労働者の地位もアップするという。上智大学非常勤講師の白石嘉治氏は、「介護や清掃などのきつい仕事の賃金は、労働市場の外部が担保されることで正当にせりあがっていくだろう」(『週刊金曜日』09年3月6日号)と述べる。
しかし、「働かなくてもお金がもらえる」というところに抵抗を感じる人もまだ多く、本格的なBI論争はこれからだ。
|