日銀は12月1日、急激な円高や株安など、デフレ下の景気停滞予想を受けて、10兆円規模の資金を供給する追加的な金融緩和を決めた。国債、社債、コマーシャルペーパー(CP)などの資産を担保に、期間3カ月にかぎって資金を年0.1パーセントの固定金利で金融機関に提供するというものだ。白川方明(まさあき)日銀総裁は、今回の施策について、潤沢に資金を供給して金融市場を安定化させる「広い意味での量的緩和政策」であるとし、政府と協調してデフレ脱却を目指す姿勢を示した。
だが、今回の緩和策は、資金供給量は拡大するが、量を明確にしておらず、過去の量的緩和とは趣きが異なる。そもそも量的緩和政策とは、日銀が銀行など民間金融機関から国債や手形を買い入れ、その代金を銀行が日銀に保有する当座預金に振り込むことで資金を供給し、当座預金の残高に目標値を定めて金融を調節しようとする政策である。日銀にある銀行の当座預金は預金金利がゼロだから、いくら預けても銀行には金利収入が入らない。そのため、余剰資金が企業への貸し出しや株式、債券市場への投資に向かうことが期待できるというわけである。
日銀は2001年3月に、量的緩和政策を導入した。日銀がゼロ金利政策を導入したのは、1999年2月のことだ。その後、00年8月にIT産業が活況を呈し、デフレ懸念が消えたとしてこれを解除したが、その後、日本経済は深刻なデフレ状態に陥った。この危機を回避するために、日銀はゼロ金利政策に戻すことを検討したが、金利をゼロまで下げても景気が上向かなかったことから、世界的に異例とされる量的緩和政策に踏み切ったのである。当初の当座預金残高の目標値は5兆円だったが、04年1月以降は30〜35兆円程度に設定された。
この政策は、民間企業への貸し出し増加には結びつかなかったものの、金融システム不安を抑えて、景気が立ち直るきっかけをつくったとされている。銀行の当座預金には潤沢な資金があり、いつでも引き出すことができたので、資金繰りがつかずに銀行が経営破綻するといった金融不安は起きなかった。また、量的緩和によって、しばらくは金利が上がらないという見通しが強まり、短期金利だけでなく、中長期の金利も低く抑えられた。この結果、借金を抱えた企業の金利負担が軽くなり、その後の企業業績の回復につながった。
だが、こうした金融緩和政策から早急に脱し、金利の上げ下げによって経済をコントロールできる状態に戻したいというのが日銀の本音である。なぜなら、今後インフレ懸念が台頭したときに対処できないのではないか、という不安があるからだ。その背景には、80年代末、利上げが遅れた結果、バブルを招いてしまったというトラウマがある。じっさい、市場関係者の間でまだデフレが懸念されていた06年3月、日銀は、量的緩和を解除している。
菅直人副総理兼国家戦略担当相は12月1日、「財政政策と金融政策の2つの柱で対応しなければならない」と述べた。これから二番底が懸念されるなか、景気対策のために第2次補正予算で財政の出番が続くが、日銀は必要であればさらなる金融政策をもって政府と連携しながらデフレ退治に向かう必要があろう。
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