鳩山由紀夫首相と中国の習近平国家副主席が12月14日、首相官邸で会談、日中両国の「戦略的互恵関係」を強化していくことで合意した。席上、首相が「日本は日米同盟を基軸としつつ、日中関係を良好にしていくことも非常に重要だ」と強調したのに対し、習副主席は「日中関係は中国外交の極めて重要な位置を占めている」と応じた。
「戦略的互恵関係(Mutually Beneficial Relationship Based on Common Strategic Interests)」とは、日中両国関係に限って使われる言葉で、歴史認識や領土問題の相違や対立を超えて、北朝鮮の核問題や東アジアの環境問題など、両国が関心ある分野で協力、連携する関係のことをいう。
06年10月8日、安倍晋三首相(当時)が初の外遊先として北京を訪れたさい、胡錦濤国家主席(中国共産党総書記)との会談で初めて提案、「日中共同プレス発表」でうたわれた。
当時、日中関係は「政冷経熱」といわれ、経済分野での相互依存は進んでいたものの、小泉首相(当時)靖国神社参拝などで政治関係は冷え切っていた。ところが、安倍首相(当時)が訪中する5日前に北朝鮮が核実験実施を予告、ただちに国連安保理は核実験を自制する旨の議長声明を全会一致で採決された。結局、日中会談直後に核実験が実施されたが、北朝鮮に自制を迫ることがかえって日中当面の共通目標となり、靖国神社参拝問題は数ある問題のひとつに相対化されるきっかけになった。
日中外交をさかのぼると、72年の日中共同声明から、78年の平和友好条約締結のころまでは、「平和友好・善隣友好」という言葉が使われ、98年の日中共同宣言で初めて「友好協力パートナーシップ」や「最も重要な二国間関係」という表現が使われた。ところが、安倍訪中後の08年5月7日には、福田康夫首相(当時)が国賓として来日した胡主席との首脳会談で、「戦略的互恵関係の包括的推進に関する共同宣言」を発表した。このなかで「いまや日中両国が、アジア太平洋地域および世界の平和、安定、発展に対し大きな影響力を有し、厳粛な責任を負っているとの認識で一致した」と強調した。
なお中国は米国との間では、クリントン政権が1989年の天安門事件で冷え切った米中関係を「戦略的パートナー(Strategic Partner)」という言葉を使って修復し、ブッシュ政権は、パートナーではなくライバルだとして「戦略的競争相手(Strategic Rival)」と前政権との違いを強調した。しかし、その後、対中協調姿勢に転じると「利害共有者(ステークホルダー=Stake Holder)」と形容するようになった。
オバマ大統領が09年11月に訪中したさいは、中国は米国債を買い支えなければ、保有するドル資産が目減りしてしまう構造が浮き彫りになり、「戦略的信頼(Bilateral Strategic Trust)」という言葉が使われた。ちなみにEUと中国の関係は「包括的戦略パートナーシップ」という言葉が使われている。
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