東京地検特捜部(東京地方検察庁特別捜査部)は、検事40人、副検事2人、検察事務官90人からなる組織で、捜査経験豊富なエリートの集団であることから、「日本最強の捜査機関」と呼ばれてきた。第二次世界大戦直後、戦争物資の不法隠匿や売買に有力政治家が関与する事件が頻発し、1947年に設置された「隠匿退蔵物資事件捜査部」がその前身である。以降、政治家や高級官僚による汚職事件や企業犯罪、多額の脱税事件などの極めて高度な法知識を必要とする事件を担当してきた。
「特別捜査部」は、地方検察庁(全国50カ所)のうち、東京、大阪(57年発足)、名古屋(96年発足)の3カ所にしか置かれておらず、初動捜査や逮捕を警察に頼る検察とは異なり、事件解明の秘匿性から、内偵から逮捕までを独自におこなう権限を持つ。
東京地検特捜部は、特捜部長の下に、直告(市民の告発による捜査)1班、直告2班、財政経済班に分かれ、ケースに応じて全国の地検から応援を受けて捜査にあたる。過去に摘発した主な事件に、田中角栄・前総理大臣を逮捕したロッキード事件(76年)、リクルート事件(89年)、金丸信元副総理の巨額脱税事件(93年)、ゼネコン汚職事件(94年)がある。最近では、ライブドア事件(05年)や守屋武昌・前防衛事務次官を逮捕した収賄事件(07年)が記憶に新しい。特捜検察官は、けっして権力におもねることのない正義感が信条、検事総長だった故・伊藤栄樹氏の「巨悪は眠らせない」(1985年の就任会見で)という言葉は、東京地検特捜部の矜持を示す、あまりに有名な言葉だ。
東京地検特捜部の捜査に対し、「国策捜査」(政治的意図や世論に迎合して訴追を前提とした捜査をおこなうこと)との批判が広まったのは、佐藤優・元外務省主任分析官が、自ら背任容疑で逮捕された経緯を執筆した本が出版された2005年ころだ。佐藤氏は、逮捕のさい、担当検事から「これは国策捜査なんだから。あなたが捕まった理由は簡単。あなたと鈴木宗男をつなげる事件を作るため。国策捜査は『時代のけじめ』をつけるために必要なんです」(『国家の罠 外務省のラスプーチンと呼ばれて』新潮社 2005年)といわれたと暴露した。以来、東京地検特捜部が大型事件を摘発するとき、しばしば「国策捜査」という言葉が使われるようになる。
小沢一郎・民主党幹事長の政治献金をめぐる一連の疑惑問題では、鳩山代表が09年3月、西松建設違法献金事件のさいに、「国策捜査」という言葉をつかって東京地検を非難(後に撤回)したことがある。さらに今年1月には、小沢氏に「(検察当局を相手に)戦ってください」と述べて、自らが最高責任者である行政府の一つ(検察庁)に戦いを仕向けるというのは的外れもはなはだしいとの批判を受けた。
だが、小沢氏の政治献金疑惑に対する検察の捜査手法をめぐっては、民主党議員から批判が絶えないのも事実だ。というのも検察がマスコミに対して意図的なリークをおこなっているという告発があるからだ。つまり、マスコミに検察が情報をわざと漏らし、マスコミが騒ぎ立てることによって世論を誘導し、検察を正義の味方に仕立て上げているというわけだ。いっぽう、佐藤優・元外務省主任分析官のように「今回は国策捜査ではなく、民主党と官僚組織の権力闘争だ」(朝日新聞1月17日付)と分析する識者もいる。民主党には、公務員制度改革の一環として、検事総長の人事を、国会同意人事に変更し、政治のコントロール下に置くというプランがあり、官僚機構の一翼を担う検察としても「露骨な政治介入は許せない」と強く反発、民主党と対立している背景があるからだ。
元司法記者で、『特捜検察の闇』(文藝春秋刊)の著者である魚住昭氏も、「霞が関官僚の中軸である検察の目的は、マスコミに情報をリークすることで小沢のダーティーなイメージを作り出し、政治的に失脚させること。脱官僚依存を進める民主党政権は、霞が関にとって敵のような存在だ」と指摘(「サンデー毎日」1月31日号)している。
鳩山首相は、1月19日、検察当局に対して「(小沢氏への捜査をストップさせる)指揮権は発動しない」と明言した。検察庁法の規定では、法務大臣は個別の捜査や起訴、不起訴の処分について検事総長を指揮する権限(指揮権)をもつ。国務大臣の人事権がある首相がその気になれば、小沢氏への捜査を中止することもできるのである。
「指揮権」が行使されたのは、過去に一度だけ、「造船疑獄」事件(1954年)だ。造船業界が建造融資の利子返済を減額してもらうように政治家に立法措置を求めてわいろを送ったとする贈収賄事件で、東京地検特捜部のターゲットに佐藤栄作・自由党幹事長(当時)が挙げられていた。しかし、逮捕者が71名にも及んだことから、犬養健法務大臣(当時)が「国家的重要案件の審議の推移に重大な影響を及ぼすものと考えられる現状にかんがみ、ある時期まで逮捕請求は行わぬよう」と検事総長に指示、捜査は強制的に終了させられた。
09年3月、西松建設の政治献金疑惑をめぐって、小沢氏の元秘書が逮捕されたさい、当時与党だった自民党の二階経産大臣(当時)にも同じように疑惑の目が向けられた。しかし、漆間巌内閣官房副長官(当時)が「自民党には捜査は及ばない」と発言し、河村官房長官(当時)が「極めて不適切」と漆間氏を厳重注意するといういきさつもあった。検察の捜査が「時の権力」に大きく影響されてしまうことがままあることを想起させる出来事であった。
この指揮権発動について、元東京地検特捜部の郷原信郎氏は「(造船疑獄事件では、暴走した検察は、証拠を集めることができず)佐藤幹事長に対する容疑事実自体がほとんど有罪を得ることが不可能なものだった」とし、「指揮権の発動は検察の権力に対する抑制システム」だと指摘している(日経ビジネスオンライン 09年6月17日)。
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