4月29日、福井市の焼肉店で、牛の生肉のユッケを食べた男児(6歳)が食中毒で死亡したのに次いで、やはり同じチェーンの焼肉店で食事した客が、5月11日までに計4人が死亡。重傷者も福井、富山、神奈川の3県で24人、5月10日現在で、合わせて100人を超える人が感染、入院する騒ぎとなった。食中毒の原因は、「腸管出血性大腸菌」(O111)だった。
O(オー)111とは、牛の腸管に生息する大腸菌で、人が体内に取り込むと大腸の粘膜を壊し出血を引き起こすベロ毒素をつくる。人の胃を通過して大腸に定着すると、水っぽい下痢が3日ぐらい続いたあと、血便が出るようになる。子どもの場合は、鼻水が出たりするなど、風邪と同じような症状が現われることが多い。普通なら9割が1週間以内に回復するが、場合によっては急性の腎不全である溶血性尿毒症症候群(HUS)になり、急性脳症を発症して死ぬケースもある。
1996年に大流行したO157も同じ腸管出血性大腸菌の一種だった。病原性大腸菌による食中毒の9割がこのO157で、10日には、山形市で団子による食中毒が起きている。厚生労働省によると、96年以後のO157による死者は22人、昨年の感染者は、約2700人。これに対してO111による死者は、96年以降はゼロ。日本感染症学会の調べによると、86年に1人が死亡しているケースがあるのみだ。
厚労省は、O157の食中毒が多いことから、98年に「生食用食肉の衛生基準」を局長通知で定め、生食を客に出す場合は、肉のサイドを切り落としたのち、上面を削り取り、ひっくり返して底面の肉をそぎ落とす「トリミング」をすること、などの指導をおこなった。しかし、罰則規定はなく、そうした判断は、業者に委ねられてきたのが実情だ。
通常、ユッケは牛肉のモモなど枝肉部分が使われる。枝肉とは、頭部、内臓、脚、皮などを除いた、背骨に沿って二分された肉の部分で、セリによる売買を経て小売店に販売されるのが通例だ。こうした枝肉は、03年から施行された「牛肉トレーサビリティー法」によって、牛肉の出生から消費者に届くまでの履歴がたどれることになっている。
今回の集団食中毒事件を起こした「焼肉酒屋えびす」(勘坂康弘フーズフォーラス社長、金沢市)のユッケは、280円という安さが売り物だった。この焼肉店は、東京・板橋区の食肉卸売業者「大和屋商店」から仕入れた肉をそのまま使用、トリミングは問屋が実施していたものと判断していたという。
富山、福井、神奈川の3県警と警視庁は、合同捜査本部を設置し、業務上過失致死容疑で強制捜査に着手した。これまでの調べで、(1)卸売業者は加熱用の肉をユッケ用として販売し、加工するさいに調理器具を使い分けていなかった、(2)焼肉店は細菌検査、トリミングをせず、衛生基準を守らないずさんな調理をしていた、(3)大腸菌は焼肉店に納入される前の段階で付着した可能性が強い――などの点が判明している。
事態を重視した厚労省は、10日、生食用食肉の衛生基準を食品衛生法に規定し、違反した場合の罰則も盛り込むなど規制の強化を10月からおこなう方針を決めた。また、衛生基準を満たさない生食用の肉がユッケなどとして提供されないよう監視、指導を強め、飲食店には、メニューにトリミングしたことを明記させるとしている。
過去に刑事事件に問われた集団食中毒事件に、90年10月、埼玉県の幼稚園で井戸水を飲んだ園児2人が死亡、O157が原因だとして、園長が業務上過失致死で有罪になったケースがある。また、00年6月、雪印乳業大阪工場で販売された加工乳が原因で約1万3000人が集団食中毒にかかり、原料を出荷した北海道の元工場長ら2人が業務上過失致傷で有罪になった。01年4月には、金沢市で牛乳を飲んだ児童・生徒ら380人が食中毒を発症、乳製品会社の製造部長に、食品衛生法違反で罰金10万円の略式命令が出されている。
今回の集団食中毒事件について、細菌学が専門の藤井潤・九州大准教授は「衛生管理は加工業者や店任せなので、大きな差があり、客が見分けるのは難しい。強制力のない基準を示すだけで、そんな状態を見過ごし続けてきた政府の責任は重い」と、行政の甘さを批判する(「週刊朝日」5月20号)。
食文化史研究家の永山久夫氏は、「日本人は縄文時代にはすでに動物の肉を生食していたと思われます。ナマの風味が好きな民族で、肉や魚をナマで食べる際、必ず毒消しの薬味を添えます。刺身や寿司のワサビやガリ(ショウガ)、馬刺しのニンニクなど、殺菌効果が高いからです」と和食伝統の知恵の見直しをすすめる(「サンデー毎日」5月22日号)。先人たちは生食の際に、食当たりすることのないよう、経験知から食べ合わせる薬味をあみ出してきた。ブームに踊らされず、いまこそそうした知恵に学ぶべきだというグルメたちは多い。
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