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わたしの手元に、『31歳ガン漂流』(ポプラ社)という本がある。奥山貴宏というフリーライターの男性が、肺がんで余命2年の告知を受けてからの闘病生活をブログで公表して、話題となり、書籍化されたものだ。ここには故・奥山氏が告知を受けるシーンが登場する。
この本によれば、病名の告知だけでは“本当の告知”とはいえないそうだ。『現時点での生存確率、再発の可能性、余命まで含めた情報まで』を伝えて、ようやく“本当の告知”になるのだそうだ。奥山氏は望んで“本当の告知”を受ける。そのシーンを抜粋しよう。
ステージ3B、現時点での生存年数は平均して、2、3年だそうだ。
ガンが右肺中に広がっていて摘出もできず、放射線もあてられない。抗ガン剤では主要の全てを消すことはできない。そしてガン細胞が抗ガン剤に耐性を持ってきて段々効かなくなっていく。再発率も100%だそうだ。
いまは昔と違って、病名の告知だけでなく、余命も告知する流れになりつつある。余命も「個人情報」なので、第一に当人のものであるという考え方だ。余命の告知に関しては病院や担当の先生によって多少ばらつきはあるようだが、基本的に、本人が望めば教えてくれるという流れのようである。
わたしが奥山氏の本を持っていたのはまったくの偶然で、話題になっている本のようだからと買って、数ページ読んでそのまま放置していた。この時点で、母のがんは発見されていなかったのだ。ところがその数カ月後、母の大腸がんが発覚した。それで今度はむさぼるように読んだのである。で、母も、なんとなく本を隠していたというのにわたしの本棚からこの本をみつけだして、術後、わたしのマンションでソファに寝そべりながら、熱心に読んでいた。そしてわたしにこんな話をした。
「ある人のエッセイに書いてあったんだけど、自分が長年飼っていた犬に悪性の腫瘍ができたんだって。病院で余命を告知されて、飼い主であるエッセイストが泣いていたら、突然その犬は病院の外に走り出して、走ってくる車に飛び込んだそうよ。まるで自殺だった、って。犬ですら、余命を悟ったら冷静ではいられないのよ。たしかにこの本を書いた奥山さんは立派だと思うけど、わたしは余命の告知などして欲しくない。知らないままがんばって、がんばって、そして駄目だったときに死ねばいいと思う」
その後、告知について、同い年の友人に尋ねてみた。あなたは親族ががんにかかったとき、医師に余命を告知してもらおうとするか、と。するとそこにいた友人たちは、かなり強い調子で、言い切った。
「してもらうほうがいいに決まっている! だってその人だって、自分が亡くなる前にやっておきたいと思うことが、あるに決まっているもの」
たぶん、わたしたちの世代が高齢者になったら、こうした考えの人がマジョリティとなり、告知否定派はマイノリティになっているだろうと、友人の強い口調を聞いていて思った。
わたしは、従兄弟の希望というのもあったが、余命を隠すことに関しては片棒を担いだ。また、伯母の件で告知をするかしないかをゆだねられたとしても、する方向で動けたかどうかはわからない。告知の是非に、友人のようにきっぱりとした意見がもてない。『グリーンマイル』という映画のことを考えた。“グリーンマイル”とは死刑台に続くリノリウムの緑の床のことだ。人はみな、それぞれの長さの“グリーンマイル”を歩く。わたしたちは、おのれのグリーンマイルの長さを、告知という形で知るべきなのか、どうなのか。
テントの外では、波打ち際の小石たちが、ざあっ、ざあっと、繰り返し音をたてていた。その音を耳にしながら、そんなことを、三陸沖のテントの暗闇のなかで考えた。答えはいつまでも出なかった。
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