2006.09.21
山崎マキコの時事音痴 文藝春秋編 日本の論点
第 回
2ちゃんねるとmixi~須賀川市立第一中学校リンチ事件に考える
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 落ち込んでいる。
 ペンは剣よりも強し、っていうけど、それは剣よりも強くなるべく、血のにじむような修業をしてペンを鍛えた人にのみ当てはまるのだろう。
 どうして小説や軽いエッセイなんてものばっかり、のほほんと書いていたのか。新聞記者になって、取材力を身につけ、社会を動かせるだけの力を持った大人になっていればよかったのに。わたしなどは風が吹けば飛んでいく、からっぽの箱みたいなもんだ。なにもできない。
 わたしがこの事件を知ったのは、2006年8月31日の読売新聞Webサイトに、「柔道で重体の生徒、介護費60年分求め県など提訴へ」
という記事が載ったのが発端だ。その記事には「柔道部の練習中に少女が意識不明となった事故」と記されているので、さらっと読んだだけでは、たまたま起こった不幸な事故で、脳に障害を負ってしまった少女がいたのだとしか思っていなかった。ところが、である。9月12日テレビ朝日のスーパーモーニングの取材などで事実があかるみに出はじめると、この「事故」、事故などではなく「暴行」、「リンチ」、「故意による殺人未遂」の大事件であるのが、わかってきたのである。それと同時に、学校関係者たちが事件隠蔽のために行った、反吐の出そうな隠ぺい工作も明らかになってきた。
 A子さんのご両親が弁護士とともに、独自に行った生徒たちへの聞取り調査で明らかになった事実は、こうである。
 2003年10月18日、顧問不在のまま、須賀川市立第一中学の柔道部では練習が行われていた。当時2年生であった身長180cm、体重120kgで、柔道部の部長である2年生Bは、乱取りで1年生に負け、むしゃくしゃしている様子だったという。このとき、練習中に足を痛めて休憩をとっていた被害者のA子さんに、Bが目をつける。BはA子さんの襟をつかみ、
「いやです、いやです」
と抵抗するA子さんを引きずり、柱に「頭を」数度も打ち付けた。それでも収まらず、さらにA子さんの体を持ち上げ何度も「頭から」叩きつける。
 余談であるが、わたしの友人の兄は、元自衛官で、試合の最中にたった一度頭から道場に叩きつけられただけでも首の骨を折り、全身不随となった。
「首から落とすのは禁じ手なのに」
 わたしの友人はそう言って泣いていた。
 柔道を習った方なら当然ご存知だろうが、頭から投げ落とす技など、柔道にはない。というか、絶対に許されていない。もしもそういう技を知っているという柔道連合のかたがいたら、お会いして話を伺いたい。柔道というのは練習の名のもとに殺人をするスポーツなのかと。須賀川市立第一中学は柔道では強豪校であったから、部長であるBは、その危険性を十分承知の上であっただろう。Bは、意図的に、死に直結する技を何度も繰り返したのである。(Bが“集中攻撃”と称して、1年生の弱い者を標的に、恒常的にリンチを行っていたという生徒の証言もあったそうだ)。
 調子にのったBは、今度はAさんに正座させ、自分は椅子に座って、
「反省文を原稿用紙800字書いてこい」
と命じる。そのうちにA子さんは、
「あたまが、痛い!」
と泣き叫び、その場でうつぶせになった。Bは泣いているA子さんの襟首をつかみ、怒鳴りながら廊下にむかって引きずり始めた。その途中で容体は急変、意識がなくなくなり、口からよだれを垂らして呼吸困難に陥る。
 これがいかに危険な兆候かは、普通の常識を持った大人なら誰でもわかるだろう。だというのに学校側が取った対策は、柔道部の副顧問がA子さんの母親を学校に呼び寄せただけで、救急車すら呼ぼうとはしなかったというのだ。A子さんの母親が救急車を呼んだあとも、教師は誰ひとりとしてその場に居合わせることはなかったという。
 搬入された先の病院で頭部の切開を行ったところ、血液に圧迫されて脳は半分以下の大きさしかなくなっていた。そして事件から3年たったいまなお、A子さんの意識は快復していない。
 これが殺人未遂でなくてなんなのか。Bがなぜ、取り調べのひとつも受けずに済まされているのか。日本はいつから法治国家ではなくなったのか。少年法とは殺人許可証なのか。そしてなぜ、両親が提訴するまで、この事件はあかるみにでなかったのか。
 驚くべきは、このリンチ殺人未遂事件に対する学校の対応である。
 A子さんの両親が須賀側市役所総務課で事故報告書の公開請求手続きをとり、問題の「事故報告書」に目を通すと、そこには捏造された「A子さんの母親の弁」が記されていたのである。
「今回事故があったことで、1年生の保護者の皆さん柔道部をやめることのないようにお願いします。今回の事故については柔道部、柔道部員の責任でもないし、学校の責任でもない。柔道部員の保護者や先生方に心配をかけて申し訳ありません」
 これは、完全な虚偽だという。
 ここから浮かび上がってくるのは、学校の責任者である校長、教頭らの保身である。
 じつは、わたしが書いたこれらの情報は、「2ちゃんねる」という悪名高い匿名掲示板にいけば、いくらでも目にすることができる。匿名であるのをよいことに、ブログを“炎上”させたりするので有名なあそこだ。
 その2ちゃんねらたちが、いま、鶴を折っている。
 最初は基金を設立して(24時間の介護が必要なA子さんの場合、六十数年分の介護費用をざっと計算すると、ご両親が訴訟で請求している2億3000万円ではとても足りず、6億円ぐらいは必要であるらしい)、A子さんのご両親のもとに届けようという話が盛り上がっていたのだが、A子さんのお母様が「お金は受け取れない」と、ひとりの2ちゃんねらを通して住人に伝えてきたので、そのお気持ちを尊重しようという総意ができあがり、募金は行われていない。その代わり、鶴を折っている。合言葉は、
「女の子がびっくりして目を覚ますくらい鶴折るよ!」
である。募金ができないなら、せめて介護を続けるお母様の気持ちを励ますことができれば……そう考えた匿名の有志たちは、いま、鶴を折っている。



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山崎マキコ自画像
山崎マキコ
1967年福島県生まれ。明治大学在学中、『健康ソフトハウス物語』でライターデビュー。パソコン雑誌を中心に活躍する。小説は別冊文藝春秋に連載された『ためらいもイエス』のほか、『マリモ』『さよなら、スナフキン』『声だけが耳に残る』。笑いと涙を誘うマキコ節には誰もがやみつきになる。『日本の論点』創刊時、「パソコンのプロ」として索引の作成を担当していた。その当時の編集部の様子はエッセイ集『恋愛音痴』に活写されている。
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