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わたしはいま、寿貧乏である。
などというと、わたしが二十代の終わりごろの年齢で、じつは若い娘さんなのかと誤解してくれる人もいるかもしれない。なので、こういうことは黙っていたほうが得なのだが、わたしは三十代後半だ。
なぜ、この年になって寿貧乏なのか。なぜ、こんなに結婚式が重なるのか。
それは、いま結婚式を挙げようという連中が、再婚カップルだからなんである。二十代の終わりごろ、
「ああ、これで結婚しそうな友人は全部片付いた。もう一生、寿貧乏とは縁がないだろう」
と胸をなでおろしたというのに、四組のうち一組のカップルは離婚する時代がやってきてしまった。だから再婚するカップルがいっぱいいるんである。相手が初婚の嫁さんだったりすると、男は負い目から豪華な挙式をするもんだ、ということがわかった。自分の人生に二度も寿貧乏の季節があるなんて、想定外だった。やられた。
二度目の連中は、挙式禁止!
そのような条例を制定していただきたい。
タイトルと中身が違う、ほんとは少子化とか、男女共同参画の話でもしたいんちゃうか、と思っているかたが多いだろう。いや違う。わたしは、ギャンブル依存症の話をしようと思っているんである。というのも、
「畜生、世の中間違ってるぜ!」
という気分になるときは、わたしはパチンコにとっても吸引力を感じるからなのだ。
わたしがいちばんパチンコにハマっていたのは、25〜26歳の頃だった。ものすごく貧乏で、梨農家の2階に間借りしていた。銭湯に通う金にも事欠くほどだった。
さて、そこからさかのぼること、さらに3年前の22のとき、わたしはある会社に働きに出て、そこでうまれて初めて本を書くという仕事を与えられた。そしてその本は、理工書のランキングで1位をとった。2作目もまた同じく1位に、3作目は3位で終わったが、とにかく出す本がみんな1週間で増刷するような勢いで売れた。が、この売れ行きは、わたしになんら恩恵をもたらさなかった。なぜなら、わたしは印税契約を結んでいなかったのだ。ある日、社長に公園へ呼び出され、
「印税契約ってさあ、経理するほうがとっても手間がかかるんだよね。だからさ、山崎の報酬は、書くのに使った時間の時給で払うからね」
と言い渡されたのだ。
刷った冊数に対して、定価×10%の印税を計算する。たったこれだけのことに、なんの手間がいるものか。ぼんやりと「なんだか変だな」と思ったけれど、目の前にいる人間が腹黒い嘘つきかもしれないなんて疑うのはいけないような気がして、うなずいた。ようするに完璧に騙されたわけだ。わたしは本を書いただけでなく、自分の本の組版を手伝い、JASRACに申請しに行かされて、夜中に版下を大日本印刷まで走って持っていった。それだけやって、1冊25万程度のお金しか貰わなかった。
いまの年齢になってみれば、
「この〜! ふざけんじゃねえ。人の金を返せ」
ぐらいのことは言えるわけだが、当時はピュアというか頭がお天気といおうか、
「そのうちきっと態度を改めてくれる」
と耐え忍んだ。でもそれが、ますます相手をつけあがらせた。最後には時給を払うのも惜しくなったらしく、月に6万の固定給だと言い渡された。1日12時間以上は働いていたのに、である。ようやくわたしも目が覚めるというか、自分が騙されているのを直視せざるを得なくなった。ついにというか、ようやく辞表を提出したら、今度はあちこちの版元にわたしの悪口を、あることないこと言って回られた。二十代前半の世間知らずな娘を叩き潰すのは、世間ずれした三十男には、虫をひねり潰すより容易だったろう。
わたしは現在、鬱病でけっこうな量の投薬を受けているのだけど、いまの「鬱」なんて、当時の「鬱」に比べたら、屁みたいなものだ。わたしは対人恐怖症になり、布団をかぶって農家の2階で泣いてばかりいた。あるときたまたま鬱病のチェックシートなるものを試したのだけど、自殺の危険があるほどの重度だとの診断が出た。なぜあのとき精神科に行かなかったのだろう。と、考えても過ぎ去った時間は戻らないので、それはまあいい。ここでようやく、話はギャンブル依存症につながっていくのである。
鬱がひどくなるにつれて、わたしはテレビが見れなくなった。暗いニュースなどが流れると、鬱がもっとひどくなって死にたくなってくる。次に、本が読めなくなった。鬱になるような内容の本だったらどうしよう。そう思うと、本を手にとるのも恐ろしいのだ。ようするに、外界からの刺激のすべてが怖いのである。だから、しだいに引きこもる。
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