2007.01.12
山崎マキコの時事音痴 文藝春秋編 日本の論点
第 回
ギャンブル依存症と神という概念 その5
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 正月明け早々、握りこぶしに力をこめて、いったいなんの話をしているのやらという思いに駆られる。徒労だ。全部、徒労だ。そうささやく声がある。
 ギャンブル依存症とアルコール依存症は根が同じであり、アルコール依存症者が酒を止めたはいいけれどギャンブルに走ったり、ギャンブル依存症者がアルコールに走ったり、ようするに依存の対象が移り変わるのは多々あることなので、わたしの虚無感の理由をちょっと話そうかと思う。
 わりと最近のことなのだが、友人のひとりが抗酒癖剤を処方されるようになった。週末、土日のあいだ、寝ている以外は酒を飲んでいるような状態なのは知っていた。友人は正直にそれを精神科医に伝えていたようなので、抗酒癖剤が投与された。
 そうかい、抗酒癖剤を処方されちゃったか。とうとうねえ。
 抗酒癖剤というのは、ようするにこの薬を飲んでいて酒を飲むと、少量の酒でもあっという間に悪酔いするという、じつに乱暴な薬である。抗酒癖剤を飲む、悪酔いする、辛い、酒を飲むのは辛いことだからもう飲むまい。懲罰によって飲酒癖をコントロールしようとするのがこの薬だ。これで酒をやめられるヤツがどこにいるのか。と、個人的には疑問視してる。平素は抗酒癖剤を飲んで「これを服用している限り、飲酒は控えたいと思います」と心に誓っているアルコール依存症者がいたとしても、やけくそになったときに酒瓶に手が伸びないとは思えない。抗酒癖剤をやめてしまえば、またかつてのように飲酒ができちゃうんだから。
 犬レベルの知性であれば、酒を飲めば悪酔いするからもう止めようと条件反射のたぐいでしつけられるのかもしれないが、人間にはちゃんと「抗酒癖剤を飲まなければ気持ちよく酔っ払える」というのがわかりきってんだから、本人がその気にならないかぎり、未来永劫、やめられる日なんて来るわきゃないのだ。
 さてここで問題になるのは、友人の伴侶である。
 抗酒癖剤を飲まずに隠れ酒をしたのが発覚すると、家じゅうの酒瓶を叩き割ったという。そして、次に飲んだら離婚だ、と迫った。
 アルコホリック・アノニマス、アルコール依存症の患者のための自助グループに行けば、こんな話は腐るほど転がっているわけで、その後どういう変遷を経て断酒に至るのかも、陳腐すぎるぐらいの流れである。酒瓶を隠す、酒を捨てる、激怒する、詰め寄る、ありとあらゆる伴侶側の行動は裏目、裏目に出て、伴侶たちはやがて自分の無力さにうなだれることになる。むしろこうした、依存症者本人の意思の力を求める伴侶の存在は、この病気の進行を助長したりするから面白いというか、この病気が一筋縄ではいかないところである。依存症になる彼女、彼らの意志が弱いかというと、じつはそういうこともないのがなんとも皮肉だ。
 このへんの感覚的な話は、斎藤先生がWeb上の「斎藤学メッセージ」という文章でじつにうまく表現しているから、抜粋させていただこう。

 矛盾することだが、自己愛者は自己を愛していない。他者の評価ばかり気にしているから、自らの中に自己を承認し、愛する部分が育たない。それどころか、思いどおりに動かない自己に対して、「意志の力」という鞭を当て続け、その痛みが「耐え難い寂しさ」として感じられる。(中略)要するに「意志の力」を信じ過ぎて、自己を思うままにしようと闘うと嗜癖する。その闘争の負けを認めて、限界ある自己を受け入れることが、嗜癖から離れるコツである。

 意志が弱く、社会的にもだらしない人間が依存症になるかというと、そうじゃなかったりする。薬物なんかはとくにそれが顕著なんだけど、あまりに真面目すぎる人が、仕事への不安からつねに緊張を強いられ、不眠も酷かったりして、その濃い疲労を薬物によってはじめて緩和してもらう快感を経てイリーガルな薬にハマっていったりするわけだ。あるいは、処方薬にもリタリンといって、一時問題になった、処方版覚醒剤があるんだけど、「他人からの承認」を求めるあまり、こうした薬にハマっていく人もいる。



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山崎マキコ自画像
山崎マキコ
1967年福島県生まれ。明治大学在学中、『健康ソフトハウス物語』でライターデビュー。パソコン雑誌を中心に活躍する。小説は別冊文藝春秋に連載された『ためらいもイエス』のほか、『マリモ』『さよなら、スナフキン』『声だけが耳に残る』。笑いと涙を誘うマキコ節には誰もがやみつきになる。『日本の論点』創刊時、「パソコンのプロ」として索引の作成を担当していた。その当時の編集部の様子はエッセイ集『恋愛音痴』に活写されている。
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