2007.02.22
山崎マキコの時事音痴 文藝春秋編 日本の論点
第 回
応援しちゃった、東京マラソン
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「自殺について語りたい? うーん、暗くなりそうだなあ……。それより東京マラソンはどうだ」
 みなさんこんにちは。時事音痴の第105回です。
 今週はついに重い腰をあげて自殺をテーマにしようと思っただけど、ボスこと『日本の論点』編集長の渡辺さんに却下されたんでよしにします。けれど問題がひとつ。わたしは「マラソン」といわれると自動的に暗い気持ちになるのである。というのも、ものすごい運動音痴だからである。
 いまから7〜8年ぐらい昔の話なんだけど、わたしは藤沢市の市民マラソンに参加しようと思い立った。なんでそんなことを思い立ったのか、その動機はさっぱり忘れてしまったんだけど、とにかく、出ようと思ったんである。
 その距離、5キロメートル。
 どこがマラソンだといわれそうな距離かもしれないが、毎日ただ机に向かってライター業にいそしんでるわたしにしてみれば、「箱根の山は天下の険……、万丈の山千仭の谷、前に聳え……」自らを鼓舞して歌いだしたくなるほど、この申し込みは大変な決意がいった。
 まず、体力作りをするべく、自転車にまたがった。じつはこのときに自転車で走ったルートのかなりの部分が、今回の東京マラソンのコースに重なっているんだけど、それはまあ重要な話でないので横に置く。自転車の時速計というのは、ふつうはロードバイクとかにつけるもんだけど、これを、変速もできないママチャリに設置して、わたしは、
「よし、7キロ先を目指そう」
と走り出したのである。
 自転車での片道7キロ。たったの七キロの距離なのに、当時のわたしにすれば、これは怖ろしい距離であった。気分は、レンジローバーで砂漠を越えるチャレンジャーである。  まず、3キロ地点で完全に息があがった。コンビニの前にあるベンチにへたりこんで休憩を取った。また片道で残り4キロもある。わたしはどうなるのだろう。しかし漕がねば。  どうしてそれほど意志が固かったのか、さっぱり忘れてしまったけど、とにかく意を決してふたたび自転車にまたがった。遅くてもいい、目的地までたどり着いてくれ。吐き気がするような動悸に耐えながら漕いでいると、背後から奇妙な音がずうっとついてくるのに気づいたんである。
 その奇妙な音は、「すたすた、すたすた」と聞こえた。漕いでも漕いでも、「すたすた、すたすた」と、わたしの背中にぴったりついてくる。だんだん、不気味になってきた。なぜ、後ろからこんな妙な音が聞こえてくるんだろう。これが噂に聞く「背後霊」ってヤツなのか? 祟られてるのか?
 自転車を漕ぎながら、おそるおそる振り返った。
 するとどうしたことだろう。「すたすた」の主は、どう見てもマラソンの訓練をしているとおぼしきおっさんだったんである。
 そのとき、わたしの自転車の時速は13キロメートル。
 そう、彼はわたしをペースメーカーにして走っていたのである。すたすた、すたすた。じつにリズミカルな足音でわたしにぴったりついてきている。
 ついてくんな! こっちは文明の利器を使って時速13キロなのに。
 泣けてきた。
 ちなみに、よくみかけるタラタラ漕ぎのママチャリの速度というのは、平均時速13キロぐらいである。で、ここでよく考えて欲しい。フルマラソンの42.195キロを3時間台で走るのが市民ランナーの目標といわれるけど、この目標を達成するには、なんと怖ろしいことに時速13キロ内外で走らなきゃならないのだ。マラソンはママチャリに勝つのである。それって、あんたの身体がなまっているせいだろうという突っ込みを入れたくなる方もあるかもしれないが、正しいけど耳は貸さない。
 なんでこんなことを力説しているのかというと、「マラソンは全然遅くない。むしろ速い」ということを時間をかけて説明してんである。ついでに言えば、わたしは7キロ走った時点で喫茶店に入り、何杯も水を所望し、そのうちウェイトレスさんが銀のポットごとテーブルに水を置いていった。ポットひとつ水を飲んでも完全復活できなかった。脱水状態ってあんな感じなんじゃないかと思う。たった7キロ、自転車で走っただけで、死にそうだった。帰りはどうやって帰ってきたのか、もう憶えてない。走りながら泣いていたんじゃないかと思う。




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山崎マキコ自画像
山崎マキコ
1967年福島県生まれ。明治大学在学中、『健康ソフトハウス物語』でライターデビュー。パソコン雑誌を中心に活躍する。小説は別冊文藝春秋に連載された『ためらいもイエス』のほか、『マリモ』『さよなら、スナフキン』『声だけが耳に残る』。笑いと涙を誘うマキコ節には誰もがやみつきになる。『日本の論点』創刊時、「パソコンのプロ」として索引の作成を担当していた。その当時の編集部の様子はエッセイ集『恋愛音痴』に活写されている。
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