2008.10.16
山崎マキコの時事音痴 文藝春秋編 日本の論点
●第173回●
風呂に入れる病
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 先週もお話したように、わたしは長らく抗うつ剤のお世話になっているうつ病患者である。たぶん、おそらく、うつ病患者である。特に朝の落ち込みぶりというのはすごい。目が覚めるなり、「ああ、わたしはダメ人間だ」という考えが真っ先に浮かぶ。これは一生、薬のお世話になるしかないかな。ここ最近は、そんな覚悟もできつつあった先の出来事だった。
 わたしの住んでいるマンションの斜め向かいに、心療内科が開院したのである。しかも、詳細は述べないが、
「どうしてこんな下町で開業することにしたんだろう?」
と首をひねりたくなるほどの立派な経歴の医師だった。わたしがいま住んでいる地域には心療内科がひとつもなく、わたしはいつもタクシーで片道2000円かけて病院に通っていた。うつ病でない人には感覚的にピンとこないかもしれないが、鬱が酷いときというのは、電車に乗って、しかも乗り換えまでして病院までたどり着くというのが恐ろしく億劫に感じられるのである。そんなときは自分で自分に、
「大丈夫、タクシーにさえ乗れば、あとは勝手に運転手さんが病院まで運んでくれるから。ね、頑張れ、自分」
と言い聞かせていた。しかし往復だけで4000円の出費は痛い。とても痛い。それが、這ってでもいける距離に、心療内科が開院するというのである。
 これまでお世話になっていた先生のことはとても信頼してるし、感謝もしている。けれど、這ってでもいける距離にある心療内科という立地条件の魅力に勝てなかった。わたしは病院を変える決断を下したのである。
 すると、今度の先生のお見立てでは、なんと、
「抗うつ剤と睡眠薬の処方が多すぎる」
というものだった。わたしは重いうつ病だから、強い薬を飲まなければならないんだと信じていたのに、真逆のことを言われたわけである。たまげた。ところが、である。この見立ては当たっていたのだ。というのも、わたしがどうして朝一番で鬱になっていたかというと、
「夫の朝食を作れなかった」
というのが原因であることが多々だったからである。
 睡眠薬を飲むと、10時間は寝てしまう。そして起きて二時間ぐらいは頭がすっきりしない。すると、
「わたしは夫の食事も用意してあげられないダメ人間だ」
という考えが真っ先に浮かんでくるわけである。だからわたしの日中というのはこの思考との戦いで、
「いいや、ダメ人間じゃない。人の役に立たなかったらダメ人間だという考えはそもそも歪んでいる。それでは赤ちゃんや老人、そして障害者は、“ダメ人間”なのか? いいや違う。人は、生きて、そこに存在するだけで、神に与えられた“生きる”という尊い使命を果たしているのである」
と、格闘するわけである。そうして自分が“すべきである”と感じている使命を、匍匐前進するような感じで果たしていく。すると夕方ぐらいには自尊心が回復してくる。しかし朝になるとまた落ち込む。この繰り返しだった。
 それが睡眠薬の量を減らしたとたん、この自己嫌悪から開放されたのである! 無論、自分の歪んだ考えを正す訓練をするのも大事なことだが、人の役に立てる喜びがある人生というのも、とても幸せなことだ。こうして思考の悪循環が絶たれ、なんと抗うつ剤と睡眠薬を減薬したのに、わたしの鬱はみるみる回復してきたのである。
 三日ほどまえなどは、我が家で咲いているブーゲンビリアと日々草に、蜜蜂が近づいてきてせっせと蜜を吸っているのを眺めて、こう感じた。
「花が蜜蜂に生きる糧を与え、蜜蜂が花に受粉という新たなる命の芽生える機会を与える。世界はたしかに残酷だ。けれど暗闇のなかに瞬く光のような美しさにも満ちている!」
 この世を作り出した神に感謝の祈りを捧げたいほどだった。それから大いなる希望を抱いた。わたしのうつ病は、「治る」のかもしれない!


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山崎マキコ自画像
山崎マキコ
1967年福島県生まれ。明治大学在学中、『健康ソフトハウス物語』でライターデビュー。パソコン雑誌を中心に活躍する。小説は別冊文藝春秋に連載された『ためらいもイエス』のほか、『マリモ』『さよなら、スナフキン』『声だけが耳に残る』。笑いと涙を誘うマキコ節には誰もがやみつきになる。『日本の論点』創刊時、「パソコンのプロ」として索引の作成を担当していた。その当時の編集部の様子はエッセイ集『恋愛音痴』に活写されている。
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