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わたしの愛する彼女 〜自己責任論と憲法第25条のはざまで〜
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わたしの友人に水津夏実という女がいる。
文春文庫から出ている『ためらいもイエス」という本の主人公のモデルなのだが、小説に書いたことはあながち嘘ではなく、彼女は現代のサラリーマンの平均年収を軽く越す収入を得ている(ただし、バージン喪失の部分は完全なわたしの創作です)。
わたしと彼女の出会いは、小学校の近くの神社だった。最初は、ある美少女を奪い合うライバルとして彼女はわたしの前に登場したのだ。しかし、ある瞬間、わたしは夏実に猛烈に惚れ、その美少女から完全に心変わりしてしまった。わたしには非常に冷たい部分があって、他人を見切ってしまうと、その人の名前すら忘れてしまう。だから当時、熱烈に追いかけていたはずの、この美少女の名前が思い出せない。
その瞬間というのは、当時流行っていた「オセロ」というゲームで遊んでいたときのことだった。わたしはそれまで他人に負けたことがなかった。おまけに、同級生たちとの会話の噛み合わなさに、切実な孤独を感じていたのだと思う。
あるとき、先生がこういう質問を生徒たちにした。
「硬いものと柔らかいもの、どちらが折れにくいですか?」
わたしは、限りなく柔らかいものをイメージした。たとえば、こねている最中のパン種のような。柔らかいパン種を折ろうとしても、曲がるばかりで折れはしない。限りなきく柔らかい物質があったとしたら? やはり、曲がりはしても折れないはずだ。パン種は、乾いて硬くなったときにようやく「折れる」ことが可能になる。昔の人も言ったではないか。「柳に風折れなし」と。
わたしは挙手して答えた。
「はい。柔らかいものです」
教室中が爆笑に包まれた。「山崎のばーか、ばーか」という声が合唱状態になった。
悲しかった。なんか、違う。だれも理解してくれない。
そんなわたしの前に現れたのが夏実で、わたしをオセロで圧倒した。
わたしに勝てる人間がいる!
その時の感激を、いまもわたしは忘れない。やっと巡り会えた。この女の子なら、わたしを理解するに違いない。
後年、この心境を語ったとき、夏実に尋ねられた。
「そのときに嫉妬の感情はわかなかったの?」
と。あるわけがないと、わたしは答えた。わたしが求めていたのは、わたしの上をいく人間だったのである。また、後年になってこんなこともわかった。夏実とわたしは、同じ小学校、中学校、そして高校に通ったのだが、そこでは成績順に生徒が配分されて、夏実の二番手を行くわたしと夏実は、決して同じクラスにはなれないシステムだったのだ。だから夏実のお母さんは、逆に心配していたらしい。「マキちゃんに嫉妬されていない?」と。これは、本当に最近になって知った事実だ。
小学生の時間は大人の時間より長い。
自我らしきものが芽生えて数年とはいえ、それは真実、長い孤独だったのだ。
以来、わたしの願いは、「夏実の背中が見える位置に居続けること」になった。いまも思い出す光景がある。県内統一学力テストの結果が発表された朝礼の日の夏実だ。
50番以内の名が地方紙に掲載されたのだが、30番以内に夏実の名があり、50番以内にわたしの名があった。校内で名が乗ったのはわたしと夏実の二人だけだったので、わたしは夏実の二番手に収まった自分にほっとしていた。それと同時に、誇らしかった。30番以内は表彰状が貰えるのだ。
壇上に登っていく夏実の背を、「これがわたしの友だ!」と自慢に思った。しかし当の夏実はどうかというと、むっつりとした表情を浮かべて、少しも嬉しくない表情で頭を下げ、表彰状を受け取っている。何が面白くないのかわたしには不思議だったが、後年、夏実の生き方を見ていて察するところがあった。人の嫉妬を買うような場面をなるたけ避ける知恵の持ち主なのだ。そりゃ、全校生徒の前で大々的に表彰されたら、とくに下等な女たちの嫉妬はついてまわる。夏実はそれに対して、毅然とした態度で防御したり、ときに軽く攻撃をしかけて、先回りをして身を守らなければならなくなる。つまり、新たな戦いの始まりなのだ。彼女にとっては憂鬱になる局面だったことだろう。当時は、まったく理解できなかったが。
こんな日々を30年も過ごしたため、わたしは先日もこんな夢を見た。わたしは夜の湾のなかでひとりシュノーケルをしている。するとそこに夏実が帰ってくる。わたしと同様、黒いウェットスーツ姿だ。「何をしていたの? なっちゃん」「ん。外湾でダイビングしてきた。山犬(やまけん、と読みます。幼少期からのあだ名です)を連れて行くと、足手まといだから置いてった」
やばい、と思って目が覚めた。ついに夏実の背が見えなくなったか! その時の夢に現れた潜在的直感の理由は夏実との会話のなかで判明して解決したのだが、今回はまあ、この話についてはどうでもよい。今回のテーマは、夏実とそのあと交わした会話が焦点なのだ。そう、ここまでは前置きでした。我ながら長いよ。
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