2009.09.17
山崎マキコの時事音痴 文藝春秋編 日本の論点
第203回
第三帝国と『魂の殺人』 〜そして『滑りやすい坂道』再び その1
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 第202回の『脳死は人の死ではない 〜早すぎる埋葬〜 その2』 でナチスについて触れてから、アドルフ・ヒトラーについて語りたいと思っていた。
 わたしは、ヒトラーの研究家でもないし、軍事オタクでもないので、彼が第二次世界大戦でどのような軍事作戦をたて、そして敗北していったか、その経緯は知らない。
 現在のわたしがかろうじて理解しているのは、「なぜアドルフ少年はナチスを組織しようという、当初は漠然とした願望を抱くに至り、そして後には、ヒトラー総統になったのか?」という程度である。あとは画家を志して挫折したことぐらいだ。
 なぜ、願望を抱いたのか。ここがこれから語りたいことの重要な要素である。そして挫折したことも、「願望を抱くように至った過程」に深く関与しているようにおもう。
 アドルフ少年は、ある種の天才でもあったとわたしは感じている。それも、とても不幸な種類の「天才」である。ヒトラー本人を含めて、だれも幸福にできないという天才なのだ。無論、パフォーマンスの天才でもある。ナチスを組織するにあたっての党員の服装や、「ハイル・ヒトラー!」のポーズは、画家を志しただけの芸術性の持ち主であったことを物語っている。
 ここまではまったく足元にも及ばないまでも、近年の日本の政治家でヒトラーのようにパフォーマンスが上手かった人物としては、小泉純一郎があげられるだろう。一時、異様なまでの小泉ブームが起こったのは、彼が郵政省を解体したからというのも無論理由のひとつにはなろうが、その顔立ちの良さと「バツイチ」という経歴をここぞとばかりに利用したからだとわたしは見ている。あまり用いたくない言葉であるが「おばちゃん」がナントカいう韓国俳優に入れ込んでいたのと同じで、あの人たちがどこまで政策の内容を理解していたかは、正直疑っている。
 歴史の授業ではヒトラーについて、おおよそこのように習った記憶がある。

 ドイツは第一次大戦の敗北でとんでもない賠償金と汚名をきせられた。このため国は疲弊し、国民も貧困のどん底へ落とされていった。おまけに、領土のうち西プロイセンをポーランドに割譲させられ、東プロイセンは飛び地になってしまった。
 そこに現れたのがヒトラーで、極端な選挙公約を掲げ、国民はそれに踊らされてしまった。

 まるでヒトラーだけが悪く、乗せられた国民には何の罪もないような教えを受けたようにうろ覚えしているのだが、果たしてそれは真実なのか? 授業で教えられた事実は真実を衝いているのか?
 そういう疑問を抱かされたきっかけが、名著として名高いアリス・ミラーの『魂の殺人』であった。
 子供というのは、つい、残虐な写真などに見入る傾向がある。人の死というものに対する強い関心が成せる業だろう。だから誰もがアウシュビッツには関心を持っただろうし、わたしもそのひとりだった。けれど当時、わたしは他の誰よりもっと根深い関心を抱いて、写真を食い入るように眺めていたように思えるのだ。
 わたしは以前、大手新聞社からアスキー(現・アスキーメディアワークス)に転職してきた編集者に、笑われたことがある。
「それにしても山崎さんの字って凄いね! 酒鬼薔薇聖斗の字にも似てるし、今田勇子の字にもそっくりだ!」
 言うまでもなく、酒鬼薔薇聖斗は連続児童殺傷事件の犯人だし、今田勇子は東京・埼玉連続幼女誘拐殺人事件で死刑となった宮崎勤の使った偽名である。
 つまり、どちらも連続殺人鬼である。
 この編集者が大声でわたしにそう伝えたのと、以前からどの編集者もそう感じていたらしいのも合わさったようで、編集部内は爆笑に包まれた。そして、アスキーはわたしの文字を『脅迫フォント』と名づけ、わたしに文字を書かせて、フォントを作成する会社に依頼して、実際にフォントを作成してしまったのである。
 ちなみに、連載の1ページ目に登場する『山崎マキコ』のサインのようなものが、わたしの直筆である。どうして絵をつけてあるかというと、無論それは羞恥心からだ。わたしは心から『脅迫フォント』を恥じているのである。それを多少和らげるために、似顔絵をつけて誤魔化してる。ちなみに、英語の授業も、筆記体のほうが無論スピードは速いのだが、あの曲がりくねった字がどうしても不快で、ブロック体でノートに字を書いていた。 わたしは酒鬼薔薇と宮崎勤の偽名を出されたとき、鋭いもので胸を刺されたような痛みを覚えた。
 その編集者から、こう看破されたように思えたのである。
「お前の正体は、連続殺人鬼だ!」



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山崎マキコ自画像
山崎マキコ
1967年福島県生まれ。明治大学在学中、『健康ソフトハウス物語』でライターデビュー。パソコン雑誌を中心に活躍する。小説は別冊文藝春秋に連載された『ためらいもイエス』のほか、『マリモ』『さよなら、スナフキン』『声だけが耳に残る』。笑いと涙を誘うマキコ節には誰もがやみつきになる。『日本の論点』創刊時、「パソコンのプロ」として索引の作成を担当していた。その当時の編集部の様子はエッセイ集『恋愛音痴』に活写されている。
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