2011.08.11
山崎マキコの時事音痴 文藝春秋編 日本の論点
番外編
福島記9
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 ある時、水木しげるのエッセイを読んでいたら、長年の疑問が氷解した瞬間が訪れた。
 現地の人は、アボガドを「潰して」、他の食材とあえて食べている。
 水木しげるは料理研究家ではいので、なにと混ぜるとかこまかいことは書いていなかったけれど、
「こ、これだー! さすが現地の人の使い方は違う」
と感動して、インスピレーションが訪れるたびに適当なアボガド料理を作っては出していた。
 アボガドが福島県白河市において発売になったのは、記憶に間違いがなければ、わたしが中学二年ぐらいのときである。
 ちょうど姉が東京の大学に行っていて、噂だけは耳にしていた。
「東京ではアボガドっていうフルーツみたいのが売ってて、割ってわさび醤油で食べると、トロみたいで美味しいんだから」
 さてそのアボガドが、地元福島のイトーヨーカドー白河店(正しくはヨークベニマル。地元資本と合体したのである)でも発売になった。チラシの広告。さて買ってみましょうかということになり、イトーヨーカドー白河店に足を運んだ。
 すると、響き渡る店内放送の声。
 イトーヨーカドー白河店店長が、やっきになって拡声器でわめいている。
「アンボガドは(アボガドは)、ほいちょで(包丁で)、ふだつに割っで(ふたつに割って)、さどを(砂糖を)かけて、お召すぃ上がりください」
 大量に入荷されてきたアンボガドを売りさばこうと必死の店長。連呼・連呼。
「アンボガドは、ほいちょで、ふだつに割っで、さどをかけてお召すぃ上がりください」
 もう、アボガドを持つ手が震えて、笑いをこらえるので。
 これは憶測だが、たぶん真相だろうと思う。イトーヨーカドー本部から、「白河店でもアボガドを売れ」という指令が飛んできた。
 さて物が届いた。
 店長、これを見た目で「南国の果物だろう」と推察。
 ほいちょでふだつに割っでみた。
 匙ですくってたべてみた。
 脂っこいばかりで、全然、甘くない。
 仕方ない、これはさどをかけるしかねえっぺ!
 というわけで。
 謎のレシピを考案して、店内放送で流した。
「アンボガドは、ほいちょで、ふたづに割っで、さどをかけて」
 mixiの日記でこれを書いたら、 マイミク君からこういうレスを貰った。
「アボガドに砂糖、あながち間違いでもないんですよねえ。 森のバターといいますが、塩抜きなので言い換えればクリームです。これに砂糖と練乳を入れて練ってやると、アイスの素の出来上がり。 凍らせる事はしなくても、そのままディップとして食べちゃいます。グァカモーレのようにしょっぱい味付けのディップもありますしね。にんにく、塩、オリーブオイル、レモンで練るあれ」
 さすが十歳年下で、しかも欧米を放浪していただけあるわ。アボガドの正しい食べ方に精通している。
 このへんは世代間格差だよね。
 しかしな、店長はこんなこと知らなかったと思うぞ。たぶん、連想したのは、「酸っぱいグレープフルーツをいかにして食うか」
だったと思う。
 さてそんな「福島」の5月29日と5月30日を記す試みです。
 期待させてはいけないので予めお断りしておくが、たいした話は転がっていない。
 実を言うと、29日は「いわき市」にボランティアに行く予定であったのだが、前日の午後3時ごろに「雨天中止」となってしまった。
「遠方よりはるばるお越しいただいて大変申し訳ないのですが」
と、電話口で詫びる職員の人。まあ、仮住まいからは確かに遠隔地ではあるのだが(一応、栃木県小山市から住所移転だけを済ませた)、別にわたしが遠隔地から来ていなかったとしても、別にお詫びしてもらう必要ないんだけど。それより、ボランティアに行けなかったことで、なんだか落ち着かない。というのも、今日は地元に残っていた同級生たちが、ボランティアに行くというわたしのために「お疲れ様会」を催してくれることになっているからだ。
 どうしようか。
 という訳で、わたしは所在なく、実家にいた。
 自分の実家の部屋に置き去りにされた漫画などをチェックしていたら、三原順の『XDay』が掘り出された。三原順という少女漫画家は70年代から80年代末にかけて流行して、『はみだしっ子』というのが代表作として謳われているが(親からネグレクトを受けたりしていた4人の男の子が放浪して生きていく物語で、元祖・児童虐待物語といえるかも)、実はこの時代すでに「反原発漫画」といえるようなものを描いている。なんとチェルノブイリの事故以前、スリーマイル島の事故の3年後に「Die Energie 5.2☆11.8」という作品を発表している。わたしはこの作品で初めてスリーマイル島の事故を知った。
 わたしの手元に残っていた『XDay』は、壊れて地球に降り注いだソ連の原子炉衛星の破片をうっかり拾ってしまった子供が、蝕まれて亡くなるまでのストーリーが主人公の行動に絡んでくる。
 思春期の頃に受けた影響というものの強さを改めて思い知る。
 そうだよなあ、わたしはまず三原順だとか、それから講談社が出していた雑誌の「Day's Japan」の広瀬隆のチェルノブイリに関する記事だとかで、影響を受けまくったんだよなあ。だから、地球温暖化がどうので原発が追い風だった時代にも、反原発だったんだよね。さんざんバカサヨと呼ばれて叩かれ、無気力になるまでは。
 ま、それはさておき、「福島」にいて、反核漫画などを読み返すのは、正直、くたびれる。三原順自身は反原発派であったと思うが、反原発運動に対しても冷ややかな視線を持つという複雑な精神構造の持ち主であった。それは、ある意味では正しい。というのも、イデオロギーを抜きにして語らないと、反原発はただの政治運動と化してしまう。この問題は、右も左もない。
 人類どころかあらゆる種の生命を絶滅させるほどの力を持つ「核」をもてあそんでいるというのに。
 この国の不幸は、原発が「政治の話」になってしまうところにある。
 だからわたしは「ああ、屋内退避をしているとはいえ、いまもちっとは“被曝”してんだろうなあ」と思いながら、懐かしい漫画を読み返していた。三原順は後回しにして、ギャグ漫画ばっかり。絶賛現実逃避である。
 この日の福島には、しとしとと雨が降っていた。雨の翌日は、環境放射能の値が高くなる。毎度のことだ。
 色は無色透明だが、「黒い雨」である。「黒い雨」とは、原子爆弾投下後に降る、原子爆弾炸裂時の泥やほこり、すすなどを含んだ重油のような粘り気のある大粒の雨で、放射性降下物(フォールアウト)の一種だ。それが、静かに福島に降り注ぐ。目に見えない分、余計に性質が悪い。


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山崎マキコ自画像
山崎マキコ
1967年福島県生まれ。明治大学在学中、『健康ソフトハウス物語』でライターデビュー。パソコン雑誌を中心に活躍する。小説は別冊文藝春秋に連載された『ためらいもイエス』のほか、『マリモ』『さよなら、スナフキン』『声だけが耳に残る』。笑いと涙を誘うマキコ節には誰もがやみつきになる。『日本の論点』創刊時、「パソコンのプロ」として索引の作成を担当していた。その当時の編集部の様子はエッセイ集『恋愛音痴』に活写されている。
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