二〇〇四年(平成一六年)、「森は海の恋人」運動が宮沢賢治イーハトーブ賞を受賞した。漁師による広葉樹の植林運動と、子どもたちを海に招き、環境教育の手助けを続けてきたことが評価されたのだと思う。 表彰状を渡され、その文面のユニークさに心が躍った。「もし賢治が漁師であったら、あなたと同じ発想で同じ行動を起こしたことでしょう……」。以来賢治はますます身近な存在になった。 賢治には「石っこ賢さん」の愛称があり、石のコレクターとしても知られている。JR大船渡線・陸中松川駅の近くには賢治のコレクションを展示する「石と賢治のミュージアム」がある。 じつは、私もいま、ある“石っこ”に凝っている。私の持っている石は賢治コレクションにはない。〇八年春、西オーストラリア、ハマスレー鉱山まで旅して拾ってきた縞状鉄鉱石である。 三五億年前、光合成をする生物が海に出現した。シアノバクテリアだ。光合成によって海中に酸素が放出された。原初の海にもっとも多く溶けていた物質は鉄である。一五億年かかって鉄は海中から取り除かれ、酸化され粒子となって沈降した。シアノバクテリアの死骸もマリンスノーとなって沈み、それらが交互に重なりあい、縞状の堆積物と化したのが縞状鉄鉱石である。 この石っこには、三五億年の地球の歴史が刻みこまれている。また同時に、なぜ海中に鉄が極端に不足しているかも物語っているのだ。 農芸化学が専門の賢治は、植物と鉄との関わりは熟知していたはずだ。稲の育ちが悪くなったら、崖の赤土を水田に入れるよう指導したに違いない。赤土には鉄が多く、鉄は肥料の吸収を助ける力があるからと教えたはずだ。 だが、海の植物プランクトンと鉄との関わりについて思いをめぐらすことはなかったであろう。そのことが解明されてからまだ二〇年しか経っていないからだ。
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