日本人はもともとランキングが大好きです。観光スポットにしても、日本三景だの名所百景だのとしてランクづけしました。風景のランキングは中国の名所に似たところが選ばれましたし、水墨画の山水図も参考になりました。 日本三景は松島、天橋立、厳島神社で、富士山は入っておりません。三景じゃ足りないというので八景、三十六景、百景とふえていったわけです。どこへ旅をしたらいいのかわからない庶民にとっては、名所をどことどこにきめてくれるのは至極便利でした。また、そういった名所に指定されると、風景のほうも気合いが入って、姿かたちをととのえるといったことになります。 江戸時代には、ランキングのさきがけともいうべき番付が出廻っていました。さしあたっては相撲番付です。一番強いのが横綱で、大関・関脇・小結とつづいていきます。相撲は実力の世界ですから、ランキングははっきりとしていました。一番強い横綱に品格が求められたのはランキング一位の責任といっていいでしょう。 相撲以外にも、いろいろな商売、役者、遊廓、風俗、流行、名物などが番付になりました。歌舞伎役者の人気番付、美人芸者番付、高級料亭番付、東西長者番付、名所番付、歴史上悪人番付、名山番付、全国名物番付、となんでも番付にしてしまうのが江戸っ子でした。 明治に入って文明開化となると、名企業番付や発明品番付、名士番付、酒豪番付なんてのが出てきます。こういった番付は、一種の評判記で読み物です。正確なデータにもとづくものではなく、番付を書く人の主観が入ります。したがって、ランキングをきめた勧進元が表記されておりました。番付を読む人も、偏見であることを知っていたわけです。 滑稽読み物としての「怖いもの」番付、東西悪妻番付、花柳界評判番付なんてのが出てきます。全国温泉番付や駅弁番付は、旅をする人のガイドブックがわりでした。 人間の頭に入るランキングはベスト3ぐらいまでで、せいぜいベスト10が限度でしょう。頭に入らないぶんは番付を見て思い出すわけです。
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