厚生労働省の「職場のいじめ・嫌がらせ問題に関する円卓会議」のワーキンググループが、パワーハラスメントの定義と対策をまとめた。それによるとパワハラとは、「同じ職場で働く者に対して、職務上の地位や人間関係などの職場内の優位性を背景に、業務の適正な範囲を超えて、精神的・身体的苦痛を与える、または職場環境を悪化させる行為」のこと。パワハラという和製英語が生まれてから10年、厚労省が定義を公表したのは今回が初めてだ。
パワハラは2001年、コンサルティング会社が「セクハラ」をもじってつくった言葉だ。セクハラについての電話やインターネットによる相談を実施した際、男性から「上司のいじめ」についての訴えが数多く寄せられたのがきっかけだった。職場内の優位性を背景にしたいじめであるところがセクハラと共通しているものの、性的要素がないことから、新たな呼称が必要になったという。また、同じ時期、大学内のいじめについて「アカハラ」(アカデミック・ハラスメント)という語も生まれている。
これらのもとになった「セクシャル・ハラスメント」(性的嫌がらせ)の語は、1980年に、アメリカ連邦政府の雇用機会平等委員会が、公民権法第7条で禁じられている性差別にあたる行為のガイドラインを示したことから定着した。86年には連邦最高裁で「女性が嫌だと感じれば、男性にそのつもりがなくてもセクハラになる」という判断が示され、89年には日本でもセクハラ裁判が起こされた。福岡市の女性が「上司の性的嫌がらせで退職に追い込まれた」として会社側を訴えたこの裁判は、結局原告が勝ち、会社側に賠償命令が出された。
日本でセクハラが大きな社会問題としてとりあげられるきっかけになったのは、1991年の熊本市議事件だった。熊本市内でおこなわれたパーティーの席上、女性市議が男性県議に「おなごは、こんぐらいしとくと、よか」と胸をわしづかみにされた、という事件である。女性市議は熊本地検に強制わいせつと侮辱罪で告訴した。だが県議は、「私はセクハラというのは欲望をもって強要するとか行動を仕掛けることだと考えていた。私にはそういう気持ちはいっさいなかった」と抗弁、地検は侮辱罪と暴行罪の成立は認めたが、マスコミに報道されたことですでに社会的制裁を受けているとして起訴猶予処分とした。県議はこの事件の2年半後、県会議長に就任している。
では典型的なパワハラ事件とは、どんなものか。最近話題になったケースに、昨年末、熊本市の係長級職員2名が、部下の20代男性職員に悪質ないじめを働いたとして停職6カ月の懲戒処分になった事件がある。この2人は部下に、すしや焼肉など100万円以上をおごらせたり、床に正座させて説教したりしたり、運転中に道を間違えると後部座席から頭を叩いたり、といったことを繰り返し、結果的に部下を病気休暇に追い込んだ。部下は2年半もの間、誰にも相談しなかった。床に正座させられたときは「笑え」と命じられて笑っていたため、周囲もいじめに気づかなかったという。この一件がテレビで報道されたあと、全国から「処分が甘すぎる」という非難の声が市に殺到した。
ただ、「何をもってハラスメントと呼ぶか」は、さまざまな議論があり、いまだに決着はみていない。たとえば、冒頭のワーキンググループの報告書は、パワハラについて「たんに上司から部下に対しておこなわれるものだけでなく、先輩・後輩間や同僚間、さらには部下から上司に対してさまざまな優位性を背景におこなわれるものも含まれる」と述べている。また、具体例として「遂行不可能な行為の強制などの過大な要求」と、「能力や経験とかけ離れた程度の仕事を命じるなどの過小な要求」の両方をあげているため、それがいじめなのか、正当な業務命令なのか、客観的に線引きのむずかしいケースがある。セクハラがそうであったように「被害者がパワハラだと感じればパワハラ」という判例が出れば、パワハラを怖れるあまり業務に支障をきたすことだってあり得ないことではない。
ともあれ、都道府県労働局に寄せられる「いじめ・嫌がらせ」に関する相談は、2002年度には4400件だったのに対し、2010年度には3万9400件と激増した。東証一部上場企業を対象にした調査では、43%の企業でパワハラやそれに類似したことが起きており、82%の企業がパワハラ対策を経営上重要だと回答している。パワハラに鈍感な社長は経営者失格の烙印を押される時代が来た。
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