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父はDV癖があった。わたしの目の前で、母に対して、壮絶な暴力を振るった。わたしはこのときに感じた。ああ、ついに、わたしは母を殺された子供になった。そしてその犯人は、父であると。
母はいまも生きている。
しかし問題はそこではない。
そのときにわたしが感じた絶望である。
いまでこそPTSDという言葉はすっかり世間に浸透したが、当時はそんな言葉の欠片すらなかった。以来、いつも頭がぼおっとするようになった。そして「過敏性大腸症候群」という症状に悩まされた。理由もないのに下痢と便秘を繰り返すという、情けない病気である。このへんがわたしのうつ病の初期症状が現れた時期だなと、いまにして思うのだが、医者に行くと、安定剤を処方された。
初めての安定剤は、猛烈な眠気を誘った。
授業を聞いていても、まったく耳に入ってこない。
いまでも記憶に焼きついていることがある。安定剤のせいで船を漕いでいたら、突然、女性の教師がつかつかと近寄ってきた。そして烈火のごとく怒ったのである。
「わたしが福大出だからって、馬鹿にしているんでしょう!」
唖然とした。
わたしはただ、自分の身に起こったことが把握できずに苦しみの只中にいただけなのに、孤立無援であった。
後のわたしに待っていたのは、転落から転落に継ぐ人生だった。ライター稼業を細々とやらせて貰っていて、たしかに楽しいこともある。しかしそれ以外に道がなかったんだよというのが本音である。わたしだって、綺麗なスーツを着て、日本年金機構にでも勤めて、同僚とおしゃべりして爆笑しながら、黙々とPCに入力する派遣社員をゴミのように睥睨できていたら、そりゃ人生笑いが止まらなかったかもしれないと思う。
しかし、人生には落とし穴というのがある。
わたしは落ちた。
だから言いたい。努力しなかったから派遣社員になった人ばかりじゃないんだよと。
数ヶ月前、新書で楡周平という人が書いた『衆愚の時代」(新潮新書)というのを読んだ。書店で「面白い」というポップが立っていたので買っちゃったんだが、のっけからわたしに喧嘩を売っている。
「派遣切りは正しい」
ほう、なぜ。
「仕事がなくても雇い続けろというのか」
たしかにここは正論かもしれない。しかしこの人、こう続ける。以下、引用。
確かに、景気がいい時代はそれでもよかったでしょう。フリーターでも、食うに困らぬ程度の収入を得ることができはした。だけど働きたい時に働ける、正規雇用先を望まぬ人間が増えれば、臨時雇いを対象とする市場が形成されるのは当たり前の話です。
何のことはない、今しきりと問題になっている派遣労働者問題とは、何も一方的に企業の都合で発生したものではなく、臨時で働きたいという労働者人口の増加もあっての話ではなかったでしょうか。
引用、以上。この方、このあと、「一度サラリーマンを経験してみろ、若者よ!」みたいな呼びかけをしているのだが、時代の感覚が20年以上ズレているとしか申し上げようがない。案の定、1957年生まれ。慶応義塾大学大学院修了。96年、米国系企業在職中に書いたデビュー作『Cの福音』がいきなりベストセラーになる、というのが筆者の経歴。就職氷河期を味わって、落ちて落ちて研究室にげっそりした顔して戻ってくる後輩たちの顔色の悪さを見ていたわたしとしては、とてもこんなこと、恐ろしくて言えない。彼らの幾人かは、結果的に高学歴フリーターに、ならざるを得なかった。好きでなったわけではない。ならざるを得なかった。ここが重要であり、誰が好き好んで人生設計も描けないような道を選択したというのか。
『日本の論点2010』に「もやい」の事務局長が寄せた湯浅誠氏の論説を読んだ。以下、抜粋。
「周旋屋に引っ張り廻されて、文無しになってよ」―それゆえ、より劣悪な労働条件と知っていても蟹工船に乗るのだ、とある農民は言う。ご存知、小林多喜二『蟹工船』の冒頭の一節だ。
「周旋屋」とは、仕事を周旋する者、つまり今でいう人材派遣会社だ。「いい仕事あるよ」と甘い言葉で貧窮農家の青年などに声をかけ、口約束とはかけ離れた条件の職場に送り込む。「おかしい」と思ったときにはもう遅く、膨大な中間マージンを取られ、旅費等の立替費が債務となり、債務労働から抜けられなくなる。
こうした実態が蔓延したため、戦後、職業紹介は公共機関でしか認められないこととされた。
抜粋、以上。派遣法のせいで、どれだけ労働者の身分というものが戦前に近くなっていったかを知る名文だと思う。派遣切りされた労働者の自死の場面などは、胸が押しつぶされるような思いがする。
確かに仕事がなければ企業は人を雇えない。
しかし、その中間マージンを差っぴく企業の林立、これがわたしには許せない。直接雇用の道を取り戻して欲しい。
いまの国会で、派遣法を審議しようとしているらしい。しかし改正とはいえ、事実上の派遣是認であるようにも思える。
だからわたしは願う。
派遣自体を容認するな、と。
バブル期の歪みがこの国に痛打を与えたように、派遣を容認することが、現在の歪みなのだ。そしてこの歪みは、格差社会を作り上げ、抜け出せない貧困層を作り上げるところに行き着くだろう。
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