台湾(中華民国)の総統は、英語でPRESIDENTと表記するように国家元首にあたる。軍の統帥権をもつと同時に、宣戦・講和、条約締結、法律公布などの権限を有し、行政院長(首相)を任命、立法院(国会)を解散できる。任期は4年、3選は禁止されている。1994年の憲法改正で、それまでの国民大会における間接投票から国民の直接投票で選出されることになった。96年3月に行われた初の「民選」総統選から今回で3回目。初代総統の蒋介石から厳家淦、蒋経国、李登輝、陳総統で5人目。
総統選の大きな争点はいうまでもなく中台関係だ。「一辺一国」(中国と台湾はそれぞれ別の国)を主張し、自立化路線を加速させようとする陳陣営(おもに民進党)に対し、「不統不独」(統一も独立も求めない)と中台協調を公約に掲げる連陣営(国民党、親民党)との一騎打ちの構図となった。とりわけ今回、内外の注目を集めたのは、陳総統が独立政策の是非を国民にはかるべく、初の住民選挙が同時に行われたからだった。
両陣営の激しい対立の背景にあるのは、台湾社会の底流に存在する「省籍矛盾」、つまり外省人(中国出身者)と本省人(台湾出身者)の対立だ。外省人とは、1949年12月、中国共産党に大陸を追われた国民党とともに台湾に移住した人とその子孫で、全人口(約2260万人)の約13%にあたる。2000年の総統選で陳氏が当選するまで台湾を事実上支配してきた勢力だ。これに対し、本省人は、日本統治の時代からもともと台湾に住んでいた人、またはその子孫で、おもに中国沿岸の福建や客家(はっか)系の人たちだ。約85%の圧倒的多数を占めている。
民進党は、86年に本省人の民主化運動の活動家らを中心に結成され、91年に「台湾独立」の綱領を採択した。いっぽう、本省人でありながら国民党主席となり96年に総統に当選した李登輝氏は、99年7月、中台関係を「二国論」(特殊な国と国の関係)と定義した。このため01年9月に国民党から除籍されたが、今回は「台湾団結連盟」を率いて陳陣営に参加した。
日本と台湾は、72年9月、日本と中国(中華人民共和国)が国交を回復し、日中平和友好条約を締結したときに国交を断絶、それ以来、非政府間の実務関係となっている。しかし現実には、台湾とは「人の交流、経済の強い結びつきなど大事な相互依存関係」(川口順子外相)にある。日本外交の基本方針としては、中国の主張する「一つの中国」を尊重し、「一国二制度による平和的統一」を支持している。上記の福田官房長官の発言にある「日本の立場」とは、こうした原則を示したものだ。
米国は日本と異なり、「台湾関係法」によって台湾に武器を売却するなど、極東の安全保障を考慮した独自の立場をとっているが、中台関係については現在、緊張をはらむことのないよう現状維持を重視している。陳総統が昨年11月、住民投票実施を表明したとき、米国が「現状を変革する一方的な動き」と陳総統の政策に反対を表明したのも、「独立に向けた分裂行動」と強硬に反発した中国に配慮したからだ。このとき日本も米国に同調、「中台関係をいたずらに緊張させる」と慎重な対処を求めた。
台湾の住民投票法は、原則的には立法院が主導するが、「外部からの危機で主権変更の恐れがある場合に限り、総統は立法院の同意なしに安全保障問題で住民投票を行える」と規定している。今回、この規定によって、「中国のミサイルに対する防衛能力を強化する」と「中国と協議し、平和・安定の枠組みを築く」の2つの設問で賛否を問うたが、いずれも50%に達せず採択されなかった。ただ民進党は綱領に「住民投票で独立を決める」ことを盛り込み、2006年に住民投票を実施、08年に新憲法を制定して国名を「台湾共和国」に改めるとの方針を内々に打ち出している。今回の住民投票は、いわばその予行演習だった。
野党の「選挙無効」要求に対し、与党が総統選挙罷免法を改正して票の再点検に応じると提案した(23日)が、早期決着をめざす野党が反発した。選挙結果がくつがえるのは困難とみられるが、となると当面、中台関係の不安定な状況が続きそうだ。
|
|