冬の合併号特別企画 輝きは一瞬だったかもしれない。しかし、確かにあの時、輝いたのだ… カークランド、シピン、ボブ・ホーナー、クライド・ライト、ブライアントら助っ人たち。高井保弘、吉田孝司、外木場義郎ら、地味な実力者たち。赤嶺賢勇、源五郎丸洋、藤沢公也ら、苦しんだ男たち‥‥‥ほか
消えたプロ野球選手「あれからの人生」
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| ■日本を揺るがした外国人助っ人たち |
■妻と息子に出ていかれたので |
| ■若い恋人との間に子供ができた |
■いまもヒロオカのことが |
| ■縁の下の力持ち 玄人好みの選手たち |
■あの頃が一番楽しかった |
| ■白内障で球が四つに見える |
■困難に立ち向かった男たち |
| ■ゴマすりが苦手だから |
■妻をなくして気づいた |
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| スポットライトを浴びるのは一瞬のこと。多くの場合、その後の人生は下り坂になる。かつての栄光が苦痛の種に変わることもある。人生は思い通りにはいかない。それは彼らも同じである。 |
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「日本についてはいい思い出しかありません。長嶋、王、川上、みんなグレートでした」
ヒッピーのような長髪に顔全体を覆うような髭。'72年、異様な風貌のアメリカ人が大洋ホエールズに入団した。当時の人気特撮番組にちなんで「ライオン丸」の愛称で親しまれた二塁手、ジョン・シピン(現在65歳)である。
安定して3割台をマークするバッティングに加え、守備力を兼ね備える稀有な助っ人として、万年下位だった大洋において、鮮烈な印象を与えた。'78年、巨人に移籍すると、トレードマークの長髪と髭をバッサリ切り、周囲を驚かせた。
「大洋では髪型など何をしても自由でしたが、巨人では制限だらけでした」
その後、腰痛に苦しみ、'80年のシーズン途中に引退。9年間の日本プロ野球生活に幕を閉じた。
引退後は地元カリフォルニア州のサンタクルーズに移り、10年間は職に就かずオフを楽しんだ。この間妻との間に二人の娘を授かり、社会復帰に選んだのは意外な職業だった。
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