ナベツネのものじゃないでしょ!
松井秀喜「ジャイアンツ監督」このいやな感じ
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| ■やっぱり「選手は駒」なのか |
■父・昌雄氏の願い |
| ■「引退」とは言わない |
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| その突然の「引退表明」もファンを驚かせたが、「次期巨人監督」という報道は、さらに唐突で違和感に満ちている。この球団の経営トップは、球界の至宝の「未来」まで、我が物顔で扱うらしい。
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やっぱり「選手は駒」なのか
引退会見以降、沈黙を貫く松井秀喜(38歳)に代わり、父の昌雄氏が本誌にこう語る。
「(次期監督、と巨人に指名されたことは)親としてはもちろん、息子も光栄に思っているはずです。大切なのは、今後、本人がどんな選択をしていくかです。先日、『英語をちゃんと勉強したい』なんてことも話していました。野球に捧げてきましたからね。私としては様々な勉強を含め、やり残したことを完結してほしいとも思っています」
今月8日、スポーツ新聞各紙の一面に「巨人松井監督」の大見出しが躍った。
その前日に、巨人のナベツネこと渡邉恒雄球団会長(86歳)が、都内ホテルで取材に応じ、松井に、「次期巨人監督就任」を打診する考えを明かしたからだ。
その発言内容は、
「巨人に戻ってきてもらって、原(辰徳)君のあとをね、多少コーチなどもやってもらうけども、いずれ大監督になってもらいたい。それはみんな望んでいることだ。おそらく野球ファン全部が望んでるんじゃないかね」
「(日本に)帰ってきたら会うから。会って頼む」
というものだった。
'02年にヤンキースと契約し、メジャーに挑戦するまで、松井は一貫して巨人の4番、そしてジャイアンツの顔として一時代を築いた。そんな大物OBへの監督打診は、一見、当然のようにも思える。松井のファンや関係者からしても、松井秀喜監督そのものは、大歓迎されることだろう。辛口で知られる評論家の江本孟紀氏ですら、こう語る。
「人気も人間性も申し分ない。松井が戻ってくれば球界も盛り上がるでしょう」
だがしかし、この話には、言葉にできない「いやな感じ」が漂っている。その正体は、歯の浮くような賛辞の奥に透けて見える、「選手は読売の駒」という本音だ。'03年に原監督を一度解任した際、渡邉氏が「読売グループ内の人事異動」と発言したことに象徴される、巨人の伝統的な発想である。
そもそも松井は初めから、監督候補リストに上がってはいなかったのだという。
「松井がFAを利用して'02年末にヤンキースに移籍した当時から、会長は松井君を監督候補に挙げたことは一度もなかった。数年前から、原さんの後任は、川相(昌弘・ヘッドコーチ)でつないで、高橋(由伸)へ、というのが既定路線でしたから」(元巨人球団関係者)
松井と巨人の間に浅からぬ溝が生まれたきっかけのひとつに、背番号の問題がある。
「10年前、巨人は年俸10億円の4年契約という破格の条件を提示してまで、松井に強力な残留工作を行った。それをソデにした以上、松井は『巨人には戻れないかもしれない』という覚悟をもって海を渡ったんです。
その中で、かすかな希望としてつないでいたモノが、背番号だった。しかし、巨人が55番を欠番にしたのは6年間だけ。'08年のオフに、あっけなく新人の大田(泰示)に渡されてしまった」(松井をよく知るノンフィクションライター)
心の拠り所を失い、ただならぬショックを受けたとされる松井だが、それでも、
「プレーヤーとして日本に戻るなら、巨人しか考えていない」
と周囲に漏らすなど、自らを育ててくれた巨人への愛情を失うことはなかった。
それ故に、選手を「商売道具」としてしか見ない一部の経営陣には、強い不信感を抱いていたという。
「まだ巨人に在籍していた頃、当時オーナーだった渡邉さんの主導で、ユニフォームの胸のロゴが、『TOKYO』から『YOMIURI』に変えられてしまった。それに対し、松井が公然と経営陣を批判したんです。露骨に販促の道具に使われたことに反発し、巨人が好きだからこそ、『伝統を汚された』と怒った。巨人に対する誇りや愛情、愛着は大きかった」(前出のライター)
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