2005.01.27
山崎マキコの時事音痴 文藝春秋編 日本の論点
第 回
アサリ不買運動は是か非か その2
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 という訳で、北朝鮮への経済制裁である。
 そもそも“けいざいせいさい”って言葉はニュースなんかでよく耳にするわけだが、なにをどうすれば北の経済への制裁になるのかがよくわかんない。
 わたしの無い知恵を絞って考えると、思い浮かぶのは第二次世界大戦の日本で、経済制裁のおかげで燃料がないから松の木かなんかから油を取ったりして、我らがご祖先さまたちは大層苦労したようである。で、北朝鮮への石油の輸出が停止されたら制裁になるのかなあと想像するわけだが、そもそもあの国は地球を外側から見た場合、夜になると真っ暗になっちゃうわけで、国民の皆様はたいへんエコロジーな生活を送っていらっしゃるようだ。普段からそんな生活に慣れている人たちがいまさら燃料に苦労しようが、たいして気にしないように思うし、軍隊には燃料がいるのかもしんないけど、そもそも日本は原油がないし。じゃあどうやって制裁すんだと、ボスこと論点の編集長の渡辺さんに尋ねてみた。
 ボス、猿でもわかるレベルで話してください。
「ん、まずだな、北朝鮮と日本のあいだには、けっこう緊密な関係があるのだ。たぶん君が想像している以上に。日本が考えている経済制裁にはいろいろ段階があるんだが、まずは輸入だ。北朝鮮からマツタケとかを日本に輸入してるのは知ってたよな」
 ええ、知ってます。あと、アサリとかズワイガニとかですよね。
「そう。日本が輸入するマツタケと魚介類、ズワイガニ、ウニ、赤貝、そして圧倒的に多いのがアサリな。こいつらを全部やめちゃおうというのが制裁」
 話を聞いてすぐに思う。
 輸入してるものの全部が食料品じゃん。そんなもんの輸入をストップしたからといって、北朝鮮に対し、経済的な打撃を与えられるほどの金額になるとは思えないんだけど。
「まあよく聞け。で、日本と北朝鮮のあいだの貿易をやめる。貿易の決済は、金融機関を通して外国為替というものでやる。外国為替・外国貿易法というのがある。日本は去年、これを改正して、北朝鮮への送金をいつでも止められるようにした。これを発動する。それから特定船舶入港禁止特別措置法というのがある。特定船舶というのは、特定の国籍の船、ようするに北朝鮮の船だ。なかでも標的にしているのは万景峰号。これは一番大きな船で、唯一の客船である。で、これには現金を持って帰る人が乗っている。北朝鮮へな」
 ここで初めて理解する。ああ、ニュースとかでよく言ってる、北朝鮮への送金とはそういうことだったのか! はじめて知りましたよ。
「北朝鮮からやってきた船はマツタケや魚介類を降ろしたあと、車や将軍様の好きなメロンやワインを、お土産として持ち帰る。そのほか現金も大量にある。だから船の入港を禁止して、こいつらを全部やめちゃおうというのが制裁」
 むむ、ちょっと見えてきた、見えてきたですよ。えーと、つまり、在日北朝鮮籍の方々がパチンコ屋さんを営んだりして儲けた巨額のお金が、北朝鮮へ流れないようにするってことですね?
「まあそういうことだな。ちなみに経済制裁は五段階でやっていこうとしている。まず第一は、北朝鮮と交渉して決定していた25万トンの米の食糧援助についてだ。じつはその半分の12万5000トンはもう送られているんだが、残りの半分は渡していない。本来、赤十字を通じて送るのだけど、これを止めている。これでもし効き目がないようなら、貿易を厳しくしようと。特定船舶の入港も禁止しようと。決定的に困るのは、万景峰号の入港を禁止すると、実質、人の往復がなくなることだ。さっき君がいってたように、もし往来がなくなると、巨額の現金が入ってこない。おまけに将軍様のお好きなワインやメロンも入ってこない。そういうのが入ってこないと困る。北朝鮮から輸入しているのは総額200億円。そのうち100億円が魚介類。そしてそのなかで最大のものがアサリで、50億円を占める。だからこれの不買運動をしようと、拉致被害者の家族の会の代表が言っている。アサリの不買運動な」
 うーん、そうですか。不買運動か。
 これに賛同するとなると、これからはもうアサリが食えないってことですね。食ってはいけないと思うと、なんか逆にむしょうにアサリが食べたくなってきたんですが、アサリの澄まし汁もいいし、よく漬け込んだアサリにタレが塗ってあるので寿司を締めるのも好きなんですけど、じーっと考えてるとむしろ前にも増してアサリが食いたくなってきたんですが、アサリがないと人生がつまらないような気すらしてきたんだけど、拉致被害者の家族の会の人がいうんなら、ここはひとつ腹を決めてアサリを食わない決意をしないとなんないですかね?
「これはほんとかどうかわからないけど、北朝鮮では軍隊の資金がなくて、じつは軍隊が海産物を取ってる、漁師をやってる可能性が大なのだ。戦争のための訓練とかより必死になって、アサリとかウニとか捕ってるって話もある。それで外貨を獲得している。だからこいつをちょっと締め上げれば、軍部や北朝鮮の特殊機関を困らせる結果にもなるだろうと。メロンがなくなり、人の交流もなくなり、為替の送金もできない。こういったことを段階的にやっていけば、北朝鮮も困って、すいませんでしたと言ってくるだろうと。これが日本側の考え方な」
 よしわかった。腹を決めましょう。だったらアサリが食えなくてもいいですよ。もうね、段階的とかいってないで、とっとと全部始めましょう。
 さらばー、アサリー、また会う日までー。


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山崎マキコ自画像
山崎マキコ
1967年福島県生まれ。明治大学在学中、『健康ソフトハウス物語』でライターデビュー。パソコン雑誌を中心に活躍する。別冊文藝春秋に連載の小説『ためらいもイエス』が今年4月に文藝春秋から刊行された。小説はほかに『マリモ』『さよなら、スナフキン』『声だけが耳に残る』。笑いと涙を誘うマキコ節には誰もがやみつきになる。『日本の論点』創刊時、「パソコンのプロ」として索引の作成を担当していた。その当時の編集部の様子はエッセイ集『恋愛音痴』に活写されている。
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