庵妃慧の宿命百占学
庵妃慧の生い立ち
1942年 三重県南牟婁郡に生まれる
1982年 「東洋易学」との出会い
1993年
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読売文化センター、渋谷アカデミー、NHK新宿スクール他で占い教室の講師をつとめる。
2002年 著書「生き永らえて…辿り着いた占いへの道」出版
現在、少人数制の占い教室を開設、教授を務める傍ら個人鑑定を行う。
政財界にも信望者多数。
 
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運命研究家 庵妃慧 心のかけ込み寺
庵妃彗近影
私の最初の不思議体験は、小学校低学年のときでした。
夕方家路を急いでいる時、道の向側の家から出た赤い火の玉と出くわしました。
ふわふわ…スーと消えたのです。
それをポカーンと眺めていました。
「お母ちゃん、○○さんの家から、火の玉が出てきてスーと消えたよ!」
「ああ、あそこのおばちゃんは、今病気で寝ているからね」
程なく、お葬式になった。
「人は死ぬ前、先に魂が抜けてしまうのだ!」
そのときそう思いました。
そして今もそう信じています。
吉野熊野国立公園「秘境・瀞八丁」の一部を抱える三重県南牟婁郡入鹿村に生まれました。 二十歳からは霊場として信仰を集める熊野三山の一つ熊野速玉大社の地、和歌山県新宮市で過ごし、四十歳にして東京へ。
それ迄の人生体験を礎として、その後20余年と云う年月の間、日々占術の研究を重ね“業学一致”の精神で数え切れない程の鑑定、占いの教授を行いながら自分流の学問を作り上げて参りました。
東洋易学に始まり、日本易学の門を叩いて「手相」「姓名判断」「気学」「易占」等の基礎を学び、その後は再度東洋易学の中の最初に手がけた「中国占星術」を深く研究、色々習った占術を「夜空の星の様にちりばめ沢山の目でみよう(百の目)」、良いもの、確かな表現方法を取捨選択しながら、作り上げた私独自の占い方法に「宿命百占学」と名付けたのです。
私が身体一杯に浴びた霊場の地、世界遺産にも登録された紀伊山地の恩恵と身をもって体験した「神秘」を表現する様に差し向けられた使者である、そう自負しています。
では宿命百占学の占い項目をお楽しみください。
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