『色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年』
激論 村上春樹の新刊本「どう読むのが正しいか」
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■なぜ名古屋が舞台なのか |
■『ノルウェイの森』との接点 |
■なぜ新宿駅のホームなのか |
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発売されるまで、主題もストーリーもすべてが謎だった。どの作品でも「日常とは少し異なる世界」を描いてきた作家は、今回どんな物語を紡ぐのか。4つのキーワードをもとに話題の新作を読み解く。 |
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なぜ名古屋が舞台なのか
「〈大学二年生の七月から、翌年の一月にかけて、多崎たざきつくるはほとんど死ぬことだけを考えて生きていた〉――冒頭の一文を読んで、『いつもの村上作品が始まった!』と嬉しくなりました。『村上ワールド』と称されることが多いですが、僕は春樹に引っかけて『村上歌舞伎』と呼んでいます。
冒頭の一文は村上歌舞伎の開場で、音楽の描写が出てくると『いよっ、音楽』と声をかけたくなるし、主人公がアナザーワールドに行く場面では『いよっ、アナザーワールド』と叫びたくなる。言わば村上春樹というジャンルがあり、お家芸とも呼べる世界観は、今回の作品にも脈々と受け継がれています」
春樹ファンで知られるプロデューサー・おちまさと氏はそう語る。
発売1週間で100万部を突破し、早くも社会現象となっている村上春樹氏の新刊『色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年』。まずはそのストーリーを簡単に紹介しよう。
主人公は多崎つくる、36歳。名古屋で生まれ、東京の工科大学に通うために上京し、現在は電鉄会社に勤務している。
つくるには高校時代、4人の親友がおり、グループのそれぞれが「完璧に調和している」と感じるほど親密な時間を過ごした。
だが大学2年(二十歳)の夏、帰省したつくるは突如としてそのグループから排除される。思い当たる理由がまったくないつくるは、冒頭のように「死ぬことだけを考える」半年間を過ごし、なんとか立ち直る。
そして16年後の東京。つくるは生まれて初めて心から好きになった女性に、こう告げられるのだ。
「あなたは何かしらの問題を心に抱えている。あなたがなぜ4人の友達にきっぱりと拒絶されたのか、その理由をそろそろあなた自身の手で明らかにしなければいけない」
16年前にいったい何があったのか。その理由を突きとめるため、つくるは「巡礼」の旅に出る――。
主人公が「喪失からの回復」を求めて旅に出るという、村上作品にお馴染みの物語構造だが、今回の作品にはいくつかの新しさがある。ハルキスト(村上春樹ファン)たちの感想に耳を傾けると、この作品を読み解く「キーワード」が浮かび上がってくる。
まず最初のキーワードが「名古屋」だ。名古屋在住の文芸評論家・清水良典氏が語る。
「村上さんは『地球のはぐれ方』という作品の中で、名古屋について『日本の中のガラパゴス』という表現をされていた。名古屋に対して好印象を持っていないんだな、と思っていたので、作品の舞台に選んだことに驚きました。
でも実は、名古屋が舞台であることは、今回の小説のテーマに密接に結びついています。名古屋は自給自足の文化がある。たとえば名古屋の若者の多くは地元の大学に進学し、地元に就職して生涯地元で暮らす。言わば、閉じられた安楽の世界なんです」
作品の中にも「楽園」という言葉が出てくる。名古屋の人間にとって地元は楽園。でも主人公にとっての楽園は、「仲間から理由もわからず切られる」ことで、二十歳のときに突如として崩壊する。16年後、つくるは顔を背け続けたこの問題に向き合うため、巡礼、つまりかつての親友たちに会いにいく覚悟を決める。
「この16年の隔たりにも意味がある。私は1995年から2011年までの16年なんだと考えます。二つの大震災によって、日本は楽園ではなくなってしまった。特に東北の場合、震災によって村落共同体的な調和が失われてしまった。この作品は、すべての日本人が楽園を喪失した、というメッセージから始まっており、名古屋を楽園のメタファーとしてうまく使っている気がしました」(清水氏)
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