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■Vol.1 −近くて遠い、訪問者−
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――せっかく授業が終わったっていうのに、空からは大粒の雨が降り始めてた。
「ちぇ、ツイてねぇよ」
鞄を取り上げて教室を出ようとした時、和哉が話しかけてきた。
「マサヨシぃ、もぉ帰んの?」
「ああ」
「どっか寄ってかねぇ?」
「やめとく」
つきあい悪ぃなぁ…という和哉の言葉を背に、さっさと教室を出る。はっきり言って、俺の放課後は忙しい。なんで?って言われても困る。男も18年も人生生きりゃ、それなりにいろいろあるってもんで。
降りしきる雨を横目に、渡り廊下を俺は駆けた。
「あっ、おにいちゃぁん!」
「希梨子(きりこ)、これから部活か?」
「うん! おにいちゃんは? もぉ帰っちゃうの?」
「…お前も和哉と同じこと言うんだな。さっさとプール行けよ」
同じ萌桜学園(ほうおうがくえん)の1年生に在籍しているたったひとりの妹、希梨子は水泳部に入ってる。ホントはすっげぇカナヅチで、水に顔をつけんのもダメなくせに一念発起して入部した。
「言われなくても行くよぉ…で、おにいちゃんは?」
「家に帰る。今すぐ。まっしぐらに」
「なんかさ…おにいちゃん、せっかくの高校生活なのに授業終わるとすぐにおうち直行だなんて、さみぴぃと思わないの?」
「今夜の夕飯はカレーだ。ルーから仕込むから時間がかかる」
「気をつけて帰ってね」
「…ゲンキンなヤツだな」
実は、俺と希梨子はふたりきりで暮らしてる。3年前に親父とお袋をいきなりの交通事故で一緒に亡くしてから、以来、ずっと。
本来なら親戚とかに引き取られるのがスジってもんなんだろうけど、希梨子は親父お袋の思い出がたっぷりしみこんだ家を離れて、遠くにしかいない親戚のところに行くのを死ぬほど拒んだ。彼女の抵抗にはもちろん、反対の声も数多くあがったが、結局、親戚側が折れるかたちになった…ま、いきなりふたりも家族が増えるなんてことは、できるなら避けたいってのが、実情だろうし。
最初は毎日泣き暮らし、いっときでも俺の姿が見えないことをいやがった希梨子も、だいぶ元気を取り戻してきている――そう、少しずつ、穏やかな日常は戻りつつある。
「舞田(まいだ)くん、帰るの?」
「ブルータスよ、お前もか…」
「な…なに? それ」
背後から声をかけてきたのは、クラスメイトの芹奈。顔を見なくても声だけでわかった。
「今日は生徒会はないのかよ、生徒会長」
「あ…、わ、忘れてた〜っ!!」
芹奈はかなーりとろいので有名な女なのだが、何をどう間違ったのか、新学期の選挙で生徒会長に就任してしまった。就任した…というよりは、押しつけられたという方が正しいかも知れないけど。
「違う違う〜! 違うの〜!」
大慌てで学校に戻ったはずの芹奈の足音が、すぐに戻ってきた。
「何が違うんだ」
「今日は生徒会ないの! 舞田くんがヘンなこと言うからまちがえちゃった」
「人のせいにするのは感心せんな」
「だからね、いっしょに帰ろっ!」
「俺は急いでるんだ」
芹奈は俺の言葉なんかおかまいなしに横に並んで歩き始めた。同伴出勤ならぬ、同伴帰宅である。嬉しいくせに…などと思ってはいけない。こいつはよくコケそうになるので、ふだんとは違った神経を要するからである。
誤解をしてはいけない――こいつはよくある「世話好きの幼なじみ」なんていう、都合のよいキャラではないのだ。長いこと「単なる近所に住む同い年の女の子」だった。
だが、お袋達がいなくなってからちょっとだけ、そのスタンスが変わってきたってのも、事実だけど。こいつにはこいつなりの考えってもんがあるらしい。
「なんか…さ、お前、今日は顔がやけに肥大してないか?」
「そ、そっかな…ま、舞田くんのき、気のせいじゃないカナ…」
道すがら、黙ってるのもなんなので話しかけてみると、意外や意外、芹奈はうろたえた。
「おたふく風邪なんじゃないか?」
「違うよぉ〜(怒)」
「だってよ、顔がぶんぶくりんにふくれあがって大変なことになってるぞ」
「え? え? え?」
うろたえに拍車がかかった芹奈は、鏡を取り出した。
「あぁ…なんてわたしって美しいの…」(セリフby俺)
「も…もぉ! なに言ってんの〜!?(怒×2)」
「冗談だって。けどさ、なんかやけにうろたえてたじゃないかよ」
「だって…おたふく風邪じゃないけど、ちょっと顔、腫れてるかもって自分でも心配だったから…」
「寝る前に水でも飲んだか、バケツに一杯くらい」
「ううん…昨日ね、ちょっと泣いちゃって…」
「泣いたぁ?」
訳を聞いてみたら、なんてことはない。昨夜、初めて訪れたサイトにあった小説を読んで思いがけず号泣したらしい。
「時代も変わったもんだ…女子校生がインターネットで泣くだなんて」
「舞田くんは興味がないからそんなこと言うの! でもインターネットだとかそういうこと関係なくて…とにかく、すっごぉく感動しちゃったの!」
「小説読んで泣いたことなんかねぇからな、俺」
――自分の部屋に戻って窓から空を見上げると、もう雨はやんでいた。
「通り雨だったみたいだな」
口に出してそう言うと、俺は鞄を投げ出し、デスクトップのスイッチを入れた。台所から失敬したポテチの袋を開けて頬張りながら、ブラウザを立ち上げる。
ホームに設定されている、全体が薄いブルーに染められたサイトのタイトルは、――『KIYOMI』。
――ちょうど3年前から開設した俺の私的サイト。3年前と言えば、両親の死という大きな事件があった。「親の死」と「私的サイトの開設」――このふたつはもちろん、まったくの無関係ってわけじゃない。
けど、その話についてはまたいずれ。
「新しいカキコミは一件か」
BBSに書き込まれた、今朝未明の新規訪問者からのカキコミ。明らかに「女のコ」からのカキコミだとわかる、その口調。(…もちろん、これがネカマの仕業じゃなければの話だが)
「はじめまして、KIYOMIさま。(←ってお呼びしていいんですよね?)
小説、すっごく感動しました。
時間を忘れて一気に最後まで読んでしまいました。
最後は涙が止まらなくて…これ、実話なんですか?(◎_◎;)
読み終わってからしばらくぼーっとしちゃって、やっと今落ち着いたので、
これ、書いてます。
また今度、ゆっくり感想を書きますね。恥ずかしいから今度はメールで。
ではまた…(^^*) 」
俺のサイトには、実は俺自身が書いた小説がアップしてある。しかも半分、実話だった。
小説の主人公の名前は「KIYOMI」――そして、サイトの管理人(つまり俺だが)のHNも「KIYOMI」にしてある。
おそらくそのせいなんだろうが、ここにやってくる女のコ達のほとんどが、俺を小説の中の「KIYOMI」と同一視して、やたらめったらと身勝手な恋愛相談を持ちかけてくるようになってしまった。
しかも、この『KIYOMI』のホームページは、ノベル中心のサイトにしては異例と思われるカウント数を記録。
本人の意思とは関係なく、サイトだけがひとり歩きを始めてしまったような感じである。
まぁ、それでも一応「KIYOMI」になりきって、いちいちご丁寧な返事を書いてる俺も俺だけど。
お花のマークが飛んできそうな、ほあほあの新規カキコに丁寧に返信メッセージを書いた俺は、そのまま台所へ行き、カレーの仕込みを始めた。
――そして、ひと通りの準備が終わって部屋に戻ってきた時、今度は一件の新着メールが届いていることをメーラーが知らせていた。
「前略 KIYOMIさま。お返事、ありがとうございます。
こんなに早くもらえるなんて思ってなかったから…すごく嬉しかったです(*^^*)
『KIYOMI』は半分実話、なんですね? KIYOMIさまの体験ですか?
KIYOMIさまのプロフィールのところに22歳って書いてあったけど…わたしも
KIYOMIさまみたいにステキな人といつか出会えるカナ?
あ、申し遅れました、わたしは都内の高校の3年生です!」
――署名は『せりぽん』となっていた。
『初めて行ったサイトにあった小説読んでてすっごく泣いちゃった…』
ふと、さっきの芹奈の言葉が頭をよぎる。まさか、これ――芹奈、か?
ネットの世界では、直接知らせでもしない限り、こうやって身近なヤツがいきなりやってくることはまずあり得ないと言っても暴言ではないと思う。身近なヤツとだったら、こんなものを介さないで直接話した方が早い。芹奈だって、『KIYOMI』の正体が俺だと知っていたら、こんなふうにメールなんか送ってこないはず、だ。
――けれども、種明かしはタブーである。彼女が本名を明かしていない(見え見えのHNだが)限り、そして俺の方でも本名を明かしていない限り――。
――翌日、学校で会った芹奈は、どことなく幸せそうな空気に包まれているように見えた。もちろん、俺に気づいてるふうもなく……。
「前略 KIYOMIさま。今日は生徒会が長引いちゃってくたくた…~(>_<。)
KIYOMIさまは大学生…なのカナ?(違ったらすみません!)
毎日お勉強のほかには何をしてるんですか?
わたしは…あれれ、何してるんだろ…んーと、んーと…(~ ~;)
ぼーっとしてるだけ…カナ? つまんないメールでごめんなさーい!」
毎夜のように芹奈からのメールが届く――返事を書く――その繰り返しで日々が過ぎていく――今までは知らなかった芹奈の一面が明かされる。
「生徒会で今日は大失敗!(>_<)どうしたらいいかわかんないです!
やめますって言えたら…らくになるんだろうなぁ。
ごめんなさい…今日はこれでおやすみなさい、です…」
芹奈のボケのせいで、期日までに作らなければならない大事な行事のお知らせプリントができなかったらしい…そんなことくらいで、と思わなくもないが、どうやら生徒会のミーティングで相当厳しいつるし上げを食らったらしく、目に見えて芹奈のメールからは元気が失われていった。
「前略 KIYOMIさま…でも、今日は何も書けない…ごめんなさい」
メールの最後に初めて使われた「大泣き」の顔文字が添えられている。
――俺も本気で困っていた。KIYOMI…なんとかしてやれよ。
「どうした…の?」
「KIYOMI…知ってるだろ」
「……知ってる、よ。でも、どうして舞田くんが」
芹奈の『その人の名前を知ってるの』という言葉を遮って俺は言った。
「メル友。たぶん同じ学校だろって…助けてやれって」
「彼のこと…舞田くんは…知ってるんだ……!」
とたんに大事なプリントのことなんかどうでもよくなったみたい、だった。芹奈の興味は…『KIYOMI』のこと、だけ。
それでも何とかプリントの原稿をしあげて、プリントして、芹奈は事なきを得た。
「ありがと…ね」
何を聞いても『KIYOMIの素顔についてはよく知らない』という一点張りに、悲しそうな芹奈は帰り際になってやっと、少し笑って言った。
「な…芹奈、お前さ、どうやってKIYOMIのサイト、知ったんだ?」
「え?」
「普通にネットサーフィンして見つけたわけじゃないだろ?」
「あ…うん。学校でね、生徒会のお仕事してて…学校のオフィシャルサイト見てて、そんで見つけたの」
オフィシャルサイト…だって? そんなもんがあるなんて初耳だった。
「ずっと前からあるよ。『萌っ娘学園』じゃなくて、ちゃーんと正式名称で」
「それはいいけど…それにしてもなんでうちの学校のサイトから、『KIYOMI』のサイトに行けるんだ?」
芹奈はちょっと困ったように顔を傾げながら、学園のサイトを立ち上げた。
「それは…よくわからない。だって偶然、ここをクリックしたら行っちゃったんだもの。それで…おもしろそうだったから、おうちに帰ってじっくり読んだの」
学園のサイトが作られたのはずっと前のことで、誰が作ったのか芹奈は知らないと言う。見慣れた薄い水色のトップページを見つめ、芹奈はぽつりと言った。
「KIYOMIさま…」
――なんだか、奇妙なことになってきた。俺は狐につままれたような思いだった。
そして、夜、再び芹奈から「KIYOMI」宛にメールが届く。
「KIYOMIさま、会いたい…よ」
――けど、これが単なるプロローグだったなんて、俺自身もまだ全然気づいちゃいなかった――。
<つづく>
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