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裏側の月世界
〜 教授と少年の怠惰な関係と、犬 〜 Page:0004 
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とはいえ結局は、教授も僕の立てたプランをチェックするだけだから、大きな問題がなければそのまま採用されるだろう。
 ダメならダメで、修正すれば済むこと。
 教授は、動くときには迅速さを要求する人だからね。
 あとは宿……というか短期で間借りした家に戻り、荷物を整理して出発準備を整えるだけだ。

 僕とシルバーが戻ると、すでにフライヤー氏は去った後で、教授が一人、机の上に置かれた銀細工っぽい装飾品を見ながら、難しそうな顔をして考え込んでいる。
「どんな用件だったんですか?」
 これは、質問してほしそうな顔だな……そう判断して、僕は教授にたずねてみる。
 打ち上げられた球は、上手くキャッチしてあげないとね。
 ……けれども教授の打球は、人類社会の重力脱出速度を、わずかばかり超えていた。

「ねぇ、カーナ……意志をもった人形が、電気で動く羊の夢を見ると思う?」
 僕は面食らった。
 教授は時々、僕にはまったくもって、理解不能な発言をする時がある。
 多分、懐古未来学とやらに関連のある事柄だとは思うけど……

「……その質問に、どう答えればいいんですか?」
「あ、ごめんなさい……ん〜っと、そうねぇ……何かが欲しいとか、何かがしたいとか、そういう欲望を人工的に生み出すことって、できると思う?」
 ……大分わかりやすくなったけど、まだまだ抽象的だな。
 それでも僕は、何とか答えを考えてみた。

「そうですね……たとえばシルバーは犬だから、喋ることはできないけど、犬は犬なりに欲望はあると思うんです……エサが欲しいとか、散歩がしたいとか。だから──人工的っていうのが機械的なものかどうか知りませんけど──機械技術が高度に発展したら、欲望を持つ機械は造れると思いますね……その欲望は、機械にしか理解できないものかもしれませんけど」
 ナルホドねと返事を返し、教授はまた黙り込んでしまう。
 今度は、一人で考えをまとめたい顔だ。

 僕は教授の邪魔をしないよう、そっと部屋を出て、ついでに出発の準備でもしようかな?……と思ったのだが、グイッと強烈に引き戻される。
 シルバーが、綱を持った僕を引きずりながら、教授のそばまで歩いていく。
 そして机の前まで来ると銀細工に鼻を寄せ、クンクンと臭いをかぎはじめた。
 内心、シルバーが銀細工をくわえて、遊びはじめるんじゃないかとヒヤヒヤしたけど、教授はそれをボーっと眺めるばかりで、咎める様子はない。
 しばらくして……

「ヴァウッ!」
 シルバーが一声、吠えた。
 僕にとってそれが、月世界に来てから、いちばん驚いたことだと思う。
 知りあって一年たつけど、僕はシルバーが吠えるのを、一度も聞いたことがなかったからだ。
 ……シルバーでも、吠えることがあるんだな。

 教授はシルバーが吠えたのを聞いて、なぜか表情をパッと明るくした。
 そして銀細工を手にとり、瞳を輝かせながら夕日にかざして見る。
「あぁっ、コレがそうなんだぁ……へぇ〜、ふぅ〜ん、な〜る〜ほ〜どぉ〜」
 シルバーは、それっきり吠えることもなく、大人しく座って教授の持つ銀細工を見上げていた。

 僕は多分、ものすごく事情を説明してほしそうな顔をしてたと思うんだけど……
教授はどう見ても、宝物を発見した喜びを、誰にも邪魔されたくないって顔をしていたんだ。

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