言い終わるときには、僕の顔を見上げていたはずの彼女は恥ずかしそうに俯いてしまっていた。
それは僕が言うべき言葉だった。僕が言うべき言葉を彼女の方から言ってくれた。同じ言葉を言おうとしていた僕には、それがどれだけのエネルギーを使うことなのか想像に難くない。
素直に、凄く嬉しかった。
僕はそんな彼女が堪らなく愛おしく思えて、知らず、その頬に手を延ばしていた。指先が触れる直前、思い直してその手を止める。行き場を無くした手を、軽く叩くように一瞬だけ彼女の肩に置いた。
「……そりゃもう、喜んで。」
二人は次の約束をせずに、代わりに携帯電話の番号を交換して、そこで別れた。
「今日はホントにありがとうございました。おやすみなさい」
「ああ、おやすみ。気をつけてな」
僕は右、瑞紀は左、それぞれの家路に付くべく、階段を下りていった。
瑞紀は、「また、会ってもらえますか?」と言った。嬉しかった。同時に、自分からそれを言い出せなかったことが情けなかった。
彼女の方からそう言ってくれたということは、少なくとも好意を持ってくれてはいるのだろう。それがもし、僕が彼女に対する想いとは別種のものだったとしても、それでも嬉しかった。初めて好きになった女性が、自分のことを多少なりとも好いていてくれる。それはとても幸せなことだ。 ホームに降りてから、軽く視線を走らせて反対側のホームにいるはずの瑞紀を探したが、物陰にでも居たのか、見つからなかった。
喫茶店でも、会話を始めてくれたのは彼女だったし、また会いたいという言葉も彼女から言ってくれた。
(……まったく、……情けないな、僕は)
好きになった相手に、気の利いた話の一つもできない。自分が情けない、などと思いながらも、その日の僕はまったく幸せな奴だった。
電車が来た。
***
車窓を滑るイルミネーションは、意外にゆっくりと流れていた。
遅い時間の電車は意外にひどく空いていて、あたしの他には、仕事帰りらしい二人連れのサラリーマンしか見えない。
赤城隆文さん。ちょっと格好いい人だった。あたしを助けてくれた。……助けてくれる、かも知れない。
スカートのポケットに手を入れて、指先でプラスチックの容器に触れる。それがそこにある感触に、嫌悪と、奇妙な安心を感じる。
あたしはなんて身勝手なんだろう。自分で逃げているのに、自分で選んでこの薬を使っているのに、今日初めて会った人に……助けてもらえるかも知れない、なんて、勝手なことを思ってる。
「…………」
浅いため息を吐く。
そもそも助けるって、何から? あたしは何から助けてもらいたいの?
薬からじゃない。……なにもない、胸の空虚感。"なにもない"ものが在る。ひどくあたしを苦しめる。それはリングドーナツの穴だ。そこには"なにもない"が、穴がある。
彼なら、その空虚を埋めてくれるかも知れない。彼なら、"なにもない"を除いてくれるかも知れない。
助けてくれた。……助けてくれる、かも知れない。
|