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宋氏は92年にソフト開発の会社を立ち上げ、3年めにして年間売り上げ3億円を達成、このほぼ100%が粗利だったという、ジャパニーズ・ドリームをかなえたIT長者のひとりである。で、創業から4年目を迎えた年のこと、それまで会社の業務を宋氏きちぜんぶひとりでこなしていたのだが、営業部門をだれかに肩代わりしてもらいたいと考えるに至った。そして上場企業の営業課長を務めていたという人物を会社に迎えた。その人物に営業責任者になってもらい、営業のプロであるはずの5人の部下をつけた。
ところが、である。
この年の売り上げは、宋氏がソフト開発の片手間に営業めいたことをやっていたときと、ほとんど違わなかったというのだ。宋氏は「日本式営業」の現場を検証して驚愕することになる。
飛び込み営業と称して買いそうもない顧客に飛び込む。クロージングと称して権限も理解もない窓際族を接待する。(宋氏注・彼は冬でもわざとコートを着なかった。理由を聞いたら「日本ではかわいそうな姿をしたほうが売れる」という。雨の日は傘を使わないことも教えられた)
わたしも一応は日本人だが、これには腹を抱えて笑った。知ってる人も多いとは思うが、『THE BIG ISSUE JAPAN』という、ホームレスの人が売ると1冊200円のうち110円が販売者の収入になり、自立を支援できるという仕組みの雑誌がある。わたしは、上野、中野、飯田橋――いろんな町の街角で、販売員が最新号を手にしているとだいたいは買うようにしているのだが、わたしの見た限りにおいては、この雑誌、バカ売れしてはいないように思う。そこはまあホームレスの人ですから、一般の人よりはちょっとかわいそうな姿に見える。だから「日本式営業」の理屈にのっとっていえば、みながわれ先にと争って『THE BIG ISSUE JAPAN』が買い求めてよいように思うのだが、そんな気配は見えない。また、販売員が雨の日に傘をささずに販売してても、たぶん成果はそう変わらないと思われる。
こうした「日本式営業」の姿を、宋氏はこう斬り捨てている。
その一つの原因として、たとえば日本企業の営業現場では精神主義が氾濫している。「やる気」と「根性」が最重要視され、人柄でものを売るべきだと考える人が多い。そこにロジックはない。
わたしが「トンボを食べて生き延びた営業マン」の話をしたのは、営業マンという人種は「ガッツ(山崎注・ガッツ石松ではない。高度成長期時代、バイタリティのある人物のことを“ガッツがある”と表現するのが流行った)」とか「ど根性」とか「その場の勢い」とか「やたらめったらな押しの強さ」とか、そういうものだけで組成されているように思っていて、逆に、そうでないと営業は勤まらないという信仰が我々日本人のなかに存在していると気づいたからである。
「トンボを食べて生き延びた? やっぱり営業マンの生命力って凄いわ!」
それってよく考えるとすごく失礼だと思うのだが、宋氏が指摘するように、日本の営業現場にいまだ精神主義が氾濫していることが、こうしたイメージを助長した原因だと思われるのだ。
宋氏はまた、日本における「営業」という職種に配属されるビジネスマンたちの質についても言及している。
TQC(トータルクオリティーコントロール)生産を科学的な視点で見つめ直し、生産のプロセスをきちんとマネージメントするやり方である。それによって、その後はまさにジャパニーズドリームで、日本の工場は世界に冠たる評価を得ていった。
工場の評価がどんどん高まるにつれ、企業内で優秀な人はまず工場に配属されるようになった。次に優秀な人間は管理部門へ、そうして残った人が営業やその他の担当になったのである。(宗氏注・比較的古い世代の人は知っているであろうが、営業へ配属する人たちに対しては、「お前、営業でもやるか」と誘ったことから、「でも営業」などという、営業職を揶揄した言葉さえあったという。)
これは私見だけど、日本において「でも営業」が流れとして定着しまった理由には、宋氏が分析した「工場の評価の高まり」という流れもあるだろうけど、「士農工商」という過去の身分制度の名残があるように思えてならない。「士」はいまでいう官僚で、「農」と「工」は、何らかのものづくりに携わる人々、そして「商」が現代の営業マンたちだ。
日本人は心のどこかで職業に貴賎があると感じていて、物を売り歩く人間より、物を作り出す人間のほうが尊いと考えているようにも思えるのだ。そもそも謙遜を美徳とする文化を持った日本人は、声をあげて人に物を売り歩くのは抵抗がある。ものづくりより商いのほうが低く見られるとすれば、そんなところに原因があるのではないか。だから、ものづくりに携わる人間はそれを誇りとし働くので、宋氏が述べている営業マンのように「社外に出て行くが、その多くはドトールコーヒーに向かう」というパターンにならない。
ラーメン対決みたいな番組が流行るのも、「ものづくりにこだわっていれば、かならずいつか評価を受ける」という日本人の信念を裏づけられるような内容だからだと思うのだ。
では日本の営業はどう改革されるべきなのか。宋氏はそのヒントとして「製造業で成功してきた本質を見つめ直し、営業にも科学的マネージメントを導入する」ことをあげている。しかし、それだけでもないと思う。3年以上トップの成績をあげているような人物というのは、たぶん、自分の仕事に相当なプライドを持っているのだ。「売る」ことへのプロたる自負がある彼らはたぶん、態度に余裕があり、そこがまた買う側にとって魅力となり、売れる人は売り続けるという良い循環が生まれているのだと思うのだ。
営業職の人は、心にプライドを持とう!
などと偉そうにいってみたりしたが、まあ、売り込みが大の苦手な自分が言うことじゃあないな、とも思ってみたりする。
わたしも、つくづく日本人です。あいすいません。
それでは皆様、またお盆明けにお会いしましょう。
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