 |
ボスが続けた。
「新しいゆうパックの料金攻勢は激しいぞ。重量30Kg以下の取り扱いだが、ヤマト便と同じくサイズ制を採用している。おまけにゴルフゆうパックだの、スキーゆうパックだの、ささやかながら民間が独占していたような業務すら参入しようとしている」
マジですか。正義もへったくれもない自分の立場から言わしてもらえば、この一件、わたし自身は嬉しい。たぶん、わたしのかーちゃんも嬉しいと思う。さらにいえば、離島やなんかの遠隔地に発送しなければならなかった全ての日本人はこの件を諸手を上げて喜んでいるはずだ。やっぱり、郵便事業は田舎者の味方だ。ヤマトでは絶対こんなサービスはできまい。けど、なんかひっかかるな。いいのかな。
ボスは渋い顔をした。
「ヤマト運輸は日本郵政公社と全面対決の構えだ。『公社でありながら、民間の後追いをしてまで始めるサービスなのか』と訴えている」
うーん、そうですよね。その意見は否定はしませんよ。昔ですね、小包を発送するのって、どんだけ面倒だったか、わたしぐらいの世代だとよく憶えていますから。
ものすごく偉そうな態度で、小包の状態にあれこれと文句をつけていた郵便局員のふてぶてしい顔、まだ忘れていませんよ。クソ重い荷物を電話一本で、ヤマトのお兄さんがすごく良い笑顔を浮かべて引き取りにきてくれたときの、あの感動も忘れていませんよ。
いま思うと馬鹿な話ですが、わたしが高校のころだったかな。ヤマトのトラックのクロネコに触ると幸運がもたらされるという噂があって。信じてペタペタ触ったもんです。あの噂が広がったのも、ヤマトのお兄さんの溌剌な笑顔と無縁だったとは思えないんですよねえ。あ、いま思いついた。ヤマトの宣伝コピーとして、この台詞を採用してもらえないかな。
「運んでいるのは、幸福です」
うまい、我ながらうまい。100万円ぐらいでヤマトに売りつけられないですかね、ボス。
「訳のわからないことを言ってないで、とっとと民営化について理解しろ! これで何度目の講義だと思ってんだ」
解りました、勉強はします。でもちょっと言わせてくださいよ。いまはだいぶ郵便局員も笑顔が出るようになったけど、だいたいあれだってヤマトにシェアを喰われてようやく改善されたようなものでしょう? そりゃ安いのは嬉しい。でもなんだかなあって感じがしてきましたよ。できたんだったら最初っからやれよ、ですよ。不愉快でしたよ、昔の郵便局。安くなるのはいい、でも一概には喜べないというか、ヤマトが可哀想な気がする。
そりゃ送料の引き下げは、個人的には嬉しくないといえば嘘になるけど、なんかずっこくないですか、郵便公社。「不当廉売ではない」っていったって、ヤマトという民間の業者がなかったらサービスの向上も図らなかったくせに。
「うむ、だからヤマトは民間後追いを批判している」
ですよね。あ、でもちょっと待ってください。ヤマトでもできなかったサービスというか、これ以上の価格の引き下げが、どうして郵政公社で可能なんでしょうか。
「まえにも教えたと思うが、“信書”、つまり手紙とかハガキ、それからクレジットカードとか、内容証明郵便とかな。その信書分野への参入規制は緩和されないことになった。つまり今後も郵便局のみの取り扱いだ。さらに、民間と違うところは、公社の法人税免除などの優遇措置があるとこだな」
税金免除! なんて美味しい仕掛けを自分のところに残しているなんて。それで民業を圧迫したら、ヤマトだって怒りますよ!
ああ、でも、過疎地の郵便局が生き残るためには、それも仕方ないんですかねえ。だったらヤマトに泣いてもらっても仕方ないのかな。
「いや、それがだな、採算性の低い郵便局は統廃合される可能性がある。政府が打ち出した基本方針では『過疎地の拠点維持に配慮する』として、安易に削減しないように求めているが、実際にどうするかは新経営陣の決めることだから。それも怪しい」
ええっ、なんですか、その話は。
民業を圧迫したうえ、自分の足手まといになりそうな熊のでる地域の郵便局は統廃合するなんて、そんな美味しいとこどりばかりやろうだなんて、郵政公社はなにやってんですか。わたし、だんだん、郵政公社に腹が立ってきたんですが、これって、ボスに洗脳されてきたからですか? わたしは折伏に弱いんですか?
あああ、なにがなんだかわからなくなってきた。ますます緊迫感を孕んで、郵政事業民営化、次号へ続く!
|
|

|