2004.11.04
山崎マキコの時事音痴 文藝春秋編 日本の論点
第 回
外国人労働力問題とマハルキタ(その1)
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 最近、夕方が怖い。  我ながらなんてバカなことをしたのだろうと思うのだが、いま、わたしはストーカーのような電話攻撃にあっている。電話をかけてくる相手はフィリピーナで、源氏名“キャンディ”だ。
 わたしはここ半年ほどフェンシングを習っているんだけど、どういうわけかこのチームにやってくる連中というのが、かなりの確率でフィリピンパブ好きなのだ。で、
「二次会行くぞー!」
と発起人が怒鳴って、
「おー!」
と応じると、かならず行き着く先はフィリピンパブだ。我がチームながら、なんて民度の低い連中なんだ。東大出もいるというのにそれでいいのか。おかげで気がついたら馴染みの嬢が出来てしまった。タガログ語の歌も歌えるようになった。十八番は「Nandito aco」や「Ewan」あたりで、「Anak」はまだ攻略してない。「Anak」は映画「Anak」の主題歌となった曲で、フィリピン人の総人口の2倍がこの映画を見たと伝えられる。だが、この歌をフィリピンパブで歌っている日本人は、いまだかつて見たことがない。タガログ語の歌というのは「マハルキタ(愛してる)」と「パンガコ(約束)」をつかんでおけば、だいたいは歌えるのだが、「Anak」にはこれらの言葉が登場しないうえ、ものすごい早口なのだ。難攻不落なのだ。
 そんなことはどうでもいい。
 わたしは酔っぱらったついでに、キャンディに自宅の電話番号を教えてしまったのだ。大失態である。で、怒濤の電話攻撃に悩まされている。いってみればわたしは単純に付き合いでフィリピンパブに行っているわけで、男の人と違って面白くて行っているわけではない。タガログ語の歌も、あんまりにも暇だから覚えただけだ。舞台の上に立ち、タガログ語で歌うとたいていのフィリピーナたちが驚くので、これだけが楽しみといってもいい。
 さらにどうでもいい話を続ければ、
「今度の二次会はちょっと趣向を変えるぞー」
というので、
「おー!」
と応じたら行き着いた先はインドネシアパブで、彼女たちはフィリピーナと違って、日本語はおろか英語も話せないのである。ただ、黙って酒を注ぐだけなのだ。わたしが小学生のころに、
「女は無口なほうがいい」
というフレーズの登場する歌が大流行したのだが、無口過ぎるのもいかがなものかと、あのときは思った。
 で、昨日の夕方、定例の時間に電話は鳴った。わたしの電話は、18年にわたって使っていたため、ついに電波妨害かと思うような雑音が入るようになったので、半年ほどまえ買い換えたものだ。価格は税込みで1800円。ナンバーディスプレイはおろか、留守電の機能すらついてない。留守電の機能がつくと一気に6000円に価格が跳ね上がるので、あれこれ考えた結果、これに決めた。わたしの使っている家電を見たパソコン誌の編集者たちは、
「山崎さんの部屋は東南アジアから出稼ぎに来た人のようだ」
とため息をつくのだが、そんなことはどうでもいいのである。
 ビデオ? 再生だけできりゃいいんだよ!
 電話? 音が鳴って話が通じりゃそれでいいんだよ!
 多機能過ぎたら使いこなせないんだよ!
 とか思ったんだが、キャンディの件でほとほと参った。いまさらながら、「多機能には意味がある」ことを思い知らされている。
 電話はしつこく鳴るので、プレッシャーにたえかねて、わたしは取った。そして一気にまくしたてた。
「ハーイ、キャンディ? マハルキター(愛してる)。ごめんねー、トゥデイ I am very ビジー。今度行くからね、パンガコー(約束)」
 すると電話のむこうが黙った。そして若干の沈黙のあと、こう告げられた。
「……論点の渡辺と申しますが、これは山崎マキコさんの番号ではなかったでしょうか」
 やっべえ! キャンディじゃないよ、ボスだよ、ボス。
「あっ、渡辺さんでありましたか。失礼しました」
「なんだキャンディっていうのは」
 いえ、なんでもないです。お気になさらずに。えーとですね、ちょうど外国人の友人から電話がかかってくるところだったんです。
「なんだそうか。君の頭がおかしくなったのかと思って驚いたぞ。まあいい。で、今回のお題は『外国人労働力問題』だ。日本はいま、外国人の労働力を必要としていると。まあそんな話をいまから教える」
 げ、外国人の労働力! いらないですよ。石原都知事の問題発言、『不法入国した三×人が凶悪犯罪を起こす可能性がある』というのは、けしからん発言かもしれませんが、わたしは支持します。
「なんだと、君こそけしからんな。だいたい君は石原都知事は嫌いなんじゃなかったのか。こないだから聞いていると、そんな意見を持っているようには思えんぞ」
 ええ、わたしはバカサヨと呼ばれた人間ですから。石原都知事は大嫌いですよ。でも、外国人の労働者の皆様には、とっとと国に帰っていただきたいのです。そうしないとわたしの心が安らがないんです。怯えて暮らしているんです。
「君が言ってるのは治安の悪化の問題だな? たしかにその問題はある。だがな、そういうリスクがあるとしても、これは乗り越えていかねばならん問題なのだ」
 え? ああ、うーんと、治安の悪化ですね。はいはい、そういう問題もありますよね。で、なんでいまどき外国人労働者を受け入れなければならないんですか、そもそも。フィリピンパブなんて地上から無くなればいいんですよ!
「なんだ? ご主人とのあいだになにか問題でもあったのか。うーん、君のとこの結婚式にはわたしも出席したからな。それについてはあとで相談に乗ってやろう」
 いえ、いいです。遠慮します。自分でなんとかします。
「そうだな。家庭内の恥はあまり外に漏らすものではない。で、わたしの言う外国人労働者とは、フィリピンパブのお姉さんではない。いわゆる3K、単純労働を行う労働力が、必要とされているという話だ」



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山崎マキコ自画像
山崎マキコ
1967年福島県生まれ。明治大学在学中、『健康ソフトハウス物語』でライターデビュー。パソコン雑誌を中心に活躍する。別冊文藝春秋に連載の小説『ためらいもイエス』が今年4月に文藝春秋から刊行された。小説はほかに『マリモ』『さよなら、スナフキン』『声だけが耳に残る』。笑いと涙を誘うマキコ節には誰もがやみつきになる。『日本の論点』創刊時、「パソコンのプロ」として索引の作成を担当していた。その当時の編集部の様子はエッセイ集『恋愛音痴』に活写されている。
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