2004.11.11
山崎マキコの時事音痴 文藝春秋編 日本の論点
第 回
外国人労働力問題とマハルキタ(その2)
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 ナンディート、アコー、ウミィビックサヨー、カーヒットナー、ナッグドゥルゴ、アンプソー。
 意味もわからないのに歌える。これはフィリピンで大流行した曲、「Nandito aco」のサビの部分なのだが、最初から最後まで、自分がどんな歌詞を歌っているかの知識は、まったくない。
 個人的な感想だが、タガログ語の歌は、般若心経を憶えるよりはたやすい。わたしは今年の夏、雑誌のアホな企画で霊出現スポットというのを廻ったことがあって、そしたらそのとき連れて行った犬が死んでマジ怖かったので、除霊に効くという般若心経を真剣に唱えたのだが、般若心経は泣くほどムズい。ギャーテーギャーテーのあたりにくるまでリズムがないといってもいいので、般若心経は憶えられなかった。あれに比べたら、タガログ語の歌なんて「門前の小僧、習わぬ経を読む」より、たやすい。
 そんなことはどうでもよくて、問題は、ここ1年ほどやたらと水商売の人と間違われるようになったことだ。二十代のあいだ、わたしはみんなが悩まされるという、
「どこのお店で働いてるの?」
のお誘いがかかることはまったくなかった。悲しかった。悔しかった。なのにいまさら水商売と間違われることが三度続いたのだ。
 一度目は鴬谷のラーメン屋、哲学堂を出たところでだ。立ちんぼの女の人と間違われて交渉されそうになった。次は穴守神社(なんでも水商売の神様だそうだ)を取材したとき、立ち寄った飲み屋で、
「アンタもお店持ってて大変なんでしょ。まあ、飲みなさい」
と慰められた。断酒中につき飲めないんだよ!
「そうねえ、水商売は肝臓がやられるから」
 そうじゃないって。好きで飲んでたんだけど、肝臓も悪くないんだけど、診断テストを受けると必ず「あなたはアルコール依存症です」って結果が戻ってくるからやめただけだよ。
 で、三度目はついこないだで、新宿で編集者の人なんかと飲んでいたら、どこぞの文学賞の授賞式から流れてきたという一団が店にドヤドヤと押しかけてきて、こちら側に知り合いがいたらしくて、やあやあみたいな話になった。
最初は黙って座っていたんだけど、なかの一人が、
「俺さー、先週マニラから帰ってきて」
みたいな話を始めたんで、おもわず反応、
「マハルキター!(愛してる)」
と叫んだら、相手はびっくりした顔で大喜び。わたしと握手しようと近寄ってきた。なのでちょいとサービスして、
「今度いっしょに飲みましょう、パンガコー(約束)」
と手を握りしめ返したら、相手は真顔で尋ねてきた。
「なんだ、君はフィリピンパブで働いていたのか?」
 んなわけねーだろ! どこからどう見ても日本人だろうが! ていうか、日本人がフィリピンパブで働くメリットってなんだよ?
 以上、三点の結果を合わせて考えると、いまのわたしは、若いときはフィリピンパブで働いていて店を持ったが水商売に夢やぶれて立ちんぼしてるような女に見えるような顔立ちだと推察できる。わたしはそのとき、しみじみ思った。
 大学に入学するまえ、母がわたしの顔をじっと見て、声をひそめ、こう告げた。
「マキコ、お母さんにはヘソクリがあるの。おまえ、どうしてもというんなら、お金を出してあげるから。美容整形の」
 いらねーよ、ボケ! 親から貰った顔だよ何が悪いかと蹴倒したが、あのときにイエスといっていたら、こんな結末にはならなかったのかもしれない。なにせ製造元が「不良品です」と判子を押したような面だしなあ。
『日本の論点』編集長、ボスこと渡辺さんが外国人労働力問題について語ろうとしている出鼻をくじいて、身の上相談をする。
「どう思いますか? いまから母のヘソクリで整形したほうがいいんでしょうか」
「いや、大丈夫だ。安心しろ」
 少し期待に心が揺れる。ボス、お願い、甘い慰めをプリーズ。
「『日本の論点Plus』では、イラストは載せても、君の本当の顔は絶対晒さないから! 安心して、大船にのった気持ちでいろ」
 全然慰めになってないよ!
「とにかくそんな話より、外国人労働力についてだよ。いまの日本では、不法滞在の外国人を使うことが多いというのはこないだも話したな。というのも、不法残留の場合は、弱みがある。したがって安く使える。日本の企業も、かなり足下を見て雇う。最低賃金すら守らない。不法滞在の外国人の場合、最初から不法入国するケースもあるが、途中から不法残留になってします人も多い。たとえば研修生とか実習生という形でやってくる。けれどこの研修生・技術実習生制度というのは低賃金労働の隠れ蓑になりやすい。実際には食べていけないということで、逃げ出して他で働くということもある。これが不法残留者になる。さんざん安く使われたあげく、会社が倒産してしまって国にも帰れない。最近もそういう事件があった。結局、市民が募金して帰る足代を出してあげたってなことがな。そのうち何人かは帰国の飛行機に乗る前に姿をくらましたそうだが」
 ああ、その話を聞いて思い出しました。わたしがよく行くラーメン屋、さっきの鶯谷の哲学堂じゃないですけど、某ラーメン屋でも最近、外国人労働者の姿が消えたんです。なんか取り締まりが厳しくなって、不法滞在であげられたみたいで。
 でもね、ラーメン屋のホールの仕事なんて、主婦にあげたらいいと思いませんか? それこそ「コンビニ敬語」以下の日本語で接客されるより、五十代ぐらいのおばちゃんのほうが気は利くし、おばちゃん最高! 外国人労働者なんて、挙手して呼び止めようとしてもチンタラチンタラ働いて無視しくさるし。とっとと国に帰れ!
「たしかに、外国人労働力が若い人の職場を奪ってしまうという問題はある」
 若い人じゃなくて、正しくはおばちゃんだと思います。おばちゃんの職場を、中国あたりから来た娘っ子が奪ってるんですよ。
「しかし3Kの仕事に対してなり手がなくなって、困っている現状は変わらない。日本人を雇用する場合は、諸条件をだな、年金とか、失業保険とかをきちっとしなくてはいけないけれど、不法残留者とか、技能研修できている人なんかは、そういう条件を整えなくて良いという、企業としてのメリットがあるのだ」
 それじゃまあ、不法残留の人には泣く泣く低賃金で働いていただきましょう。日本が不景気なのを承知で勝手に来て勝手に泣いてるんですから。でもね、問題があると思います。凶悪犯罪の検挙率が下がっているのは、ずばり、彼らのせいじゃないんですか。
「それは、きちっとした受け入れをしてないから、そういうことになるのだ。なぜ受け入れる必要があるのか。2007年から2010年にかけて700万の団塊の世代が定年退職する。おまけにどんどん少子高齢化の時代になっている。少子高齢化の時代になれば、当然のこと、働き手が少なくなるよな。日本の人口は、2006年にピークになるのだけれども、ピークは1億2800万人。これがだんだん減少していって、2100年には、約6400万に半減する。2000年には2622万人いた労働力人口が、50年後には、539万人になる。労働力人口の減少は、なにをもたらすかといえば、年金制度の破綻と、経済規模の縮小。そこで、結果的に、欧米諸国がなにをしてきたかといえば、外国人をどんどん受け入れてきた。移民OKと。なぜ移民制度をとってきたかというと、移民を受け入れてこなければ、働き手がいなくなって、経済が発展しない。国家としての衰退を少しでも防ごうと。ドイツも受け入れるようになった。日本はどうかというと、受け入れなかった。なぜなら君がいったように、治安が悪くなるからだ。ヨーロッパの場合は、治安の悪化を代償にして、移民の受け容れを行ってきた。労働人口に移民が占める割合は、アメリカは11.8%、イギリスは3.7%、ところが日本は0.3%。大変少ない。だから受け入れなくちゃ駄目だというのが経済界の要求だ」
 そんなこと言ってやがんですか、経済界のお偉方は。じゃあ、その人たちに言ってやってくださいよ。いっぺん、外国人労働者といっしょに風呂に入ってみろと。


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山崎マキコ自画像
山崎マキコ
1967年福島県生まれ。明治大学在学中、『健康ソフトハウス物語』でライターデビュー。パソコン雑誌を中心に活躍する。別冊文藝春秋に連載の小説『ためらいもイエス』が今年4月に文藝春秋から刊行された。小説はほかに『マリモ』『さよなら、スナフキン』『声だけが耳に残る』。笑いと涙を誘うマキコ節には誰もがやみつきになる。『日本の論点』創刊時、「パソコンのプロ」として索引の作成を担当していた。その当時の編集部の様子はエッセイ集『恋愛音痴』に活写されている。
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