2004.12.23
山崎マキコの時事音痴 文藝春秋編 日本の論点
第 回
2005年税制改正とフリーター諸悪論 その1
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「あたしさあ、もう疲れたから生活保護の申請をしようかと思って」
 友人に多少迷惑なヤツがいる。そんなに悪いヤツじゃないと思ってるから付き合っているわけだけど、たまに激しくムカッとくるところがある。
 彼女は三十を過ぎて職場を転々とする、言い方は酷であるがちょっとした社会不適応者なのだ。こないだも新しい職場で軽い苛めにあったとかで、こちらが仕事で徹夜してるにもかかわらずとんでもない夜中に電話かけてきて怒涛のように自分のお悩み事を喋り倒したあと、こんな職場ではわたしの精神(繊細な、という意味だろう)では働けないと愚痴をこぼしはじめた。こういう状態に陥ったとき彼女はどうせ人の話なんか聞いちゃいないので受話器を片手に、適当なタイミングで相槌を打ちつつ片手でマウスを動かして仕事の資料を読んでたんだけど、
「わたしお金がないから、山崎さんから電話かけてくれない? 電話代も馬鹿にならないのよね」
と言い出した。ここでそうとうムカッときていたのだが、なんとなく断れずに彼女の家に電話して話を聞いていたところ、冒頭のようなことを言い出したんである。
 あのなー、おまえなー。
 仕事をしていりゃ、理不尽な叱責を受けることだって多々ある。だけどみんな、生きていくために歯を食いしばってそれに耐える。だって、それが大人というものではないか。君はいったい、いま幾つなのだ。成人式を迎えてから何年経つっていうんだ。
 しかしわたしは小心者なので、自分の心のうちは明かさず、
「悪い。ちょっと腹具合が悪くなってきたから電話切らせてもらう。話はまだ今度」
と言って電話を切った。
 わたしの友人には「おい、過労死すんなよ」という、いわゆるバリキャリで自力でマンションのローンを組んでしまうような女友達と、なぜか彼女のように、フリーターや契約社員の職を転々としているヤツが半々ぐらいいる。バリキャリのほうは「負け犬の遠吠え」に分類される友人なのだが、彼女たちはいい。所帯を持ってこそ大人、という考えの人からすれば彼女たちもまた大人になりきれていない人種なのかもしれないが、わたしはそれはそれでいいだろうと思う。人生の最後まで、ひとりで生きていく覚悟というのがあるのなら、それはそれで他人には迷惑をかけないだろう。子供を産まないということで、国家の衰退を招くという非難もあることはあるのだろうが、彼女たちはたいてい同年代のビジネスマンと同等かそれ以上の収入があり、所得税も住民税もしっかり取られているのだから、文句をいわれる筋合いはないんじゃないのという話もある。だが、問題は、フリーターで三十代を越えたり、メンヘル(念のため解説。メンタルヘルスの略語で、心療内科や精神科にお世話になってるような連中である。体はいたって健康)を理由に、
「わたし、社会で生きていけるほど心が汚れていないから」
といった理由で、生活保護に頼ろうとしている連中なのだ。こういう手合いは、かならず精神保健法32条を適用してもらっているのである。自治体によっては、医療費が全額免除になるという制度である。
 わたしは数年前、仕事上のプレッシャーから極度の不眠症に陥り、鬱病の診断を貰って処方薬を貰っていた。処方されていた睡眠薬が半減期12時間というもので、そのあいだはけっこう強い地震があって目が醒めても、
「やばい。逃げないと頭上に本が落ちていて頭蓋骨陥没かも」
と思いつつも体が動かなかったりする強い薬で、しかも早朝からの取材というと、逆算して処方を飲んでも睡眠薬の効果が残ってしまい、取材先で気を失いそうになることしばしばだった。そのことは周りにも説明していたので、メンヘルに偏見のある人たちから陰口を叩かれていた。
「山崎は所詮、メンヘルじゃねーの」
 しかし! わたしのプライドは、処方代に32条を用いることをよしとしなかった。わたしの収入からすればけっこう高額だったけど、鬱病なんざ、よほどの重病人でない限り、処方を飲めば働けるんである。実際、わたしは働いている。自分の食い扶持は稼いでいる。税金だって払ってる。そんな状態で医療費に負担をかけるのは、社会人として恥ずべきことだ、という、わたしなりの信念があったのだ。


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山崎マキコ自画像
山崎マキコ
1967年福島県生まれ。明治大学在学中、『健康ソフトハウス物語』でライターデビュー。パソコン雑誌を中心に活躍する。別冊文藝春秋に連載の小説『ためらいもイエス』が今年4月に文藝春秋から刊行された。小説はほかに『マリモ』『さよなら、スナフキン』『声だけが耳に残る』。笑いと涙を誘うマキコ節には誰もがやみつきになる。『日本の論点』創刊時、「パソコンのプロ」として索引の作成を担当していた。その当時の編集部の様子はエッセイ集『恋愛音痴』に活写されている。
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