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「ないもんは払えません」
2004年、この言葉を何度インターホンにむかって怒鳴っただろう。
区役所からの住民税の取立てに対して、である。
わたしがはじめて役所から住民税の取り立てを喰らったのは、忘れもしない、大学を出て2年目だった。〈インテル入ってる〉でおなじみのインテルの広報誌にエッセイを連載している以外は、とくにこれといった仕事がないんで、造園屋でバイトをして食いつないでいた。あとで知ったことだが、当時のわたしの年収は生活保護を受けている人のそれより低かった。どうりで風呂屋に行く金にも困るわけである。で、そんなある日、間借りしてる農家の2階で「天井から金が降ってこないかなあ」とため息をついていたら、川崎市役所の職員がやってきたんである。住民税の取り立てに。
驚愕したわたしは、ドアを開けるまえに真っ青になってノートパソコンとモデムをわしづかみにして押入れの布団のなかに隠した。「差し押さえ」という赤い紙を貼って職員がノートパソコンを奪っていくイメージがありありと脳裏に浮かんだ。半分はフリーターとはいえ、パソコンはライターの命。これを奪われては仕事ができん。ついでに岩波文庫のファーブル昆虫記全巻、これも高値で売れると聞いていたので本当に危機的状況のときのために取っておいたものを隠そうと思ったけど、川崎市役所の職員がヤケクソのようにドアを叩くんで泣く泣くあきらめてドアを開けた。頼む、バレないでくれ。煎餅布団のすきまにパソコンを隠していることだけは。
すると市役所の職員は、
「住民税をお支払いいただけないでしょうか」
と丁重に告げて、踏み込んでくる様子はなかった。わたしはとっさに空き缶に入れている小銭をぜんぶ取り出し、
「いま持ってるのはこれだけなんです! とりあえずこれで勘弁していただけませんか」
と告げた。すると職員は、
「あの、お支払いいただけるまでお待ちしますから、市役所のほうにいらしてください。滞納税はついてしまいますが。それから税金のお支払いについてのご相談も受け付けますので、どうぞご利用ください」
と言ってあっさり帰っていった。とことん肝の冷えたわたしは、次にインテルからの入金があったときに、速攻で支払いに行った。このときの記憶から、わたしはどれだけマシンを乗り換えてもインテル以外のCPUを載せたことはない。インテルよ、ありがとう! ってそんな話じゃなくて、こんな経験を積み重ねているうちに住民税の支払いが遅れても滞納税を取られるだけだとわかったので、いまでは区役所の職員を門前払いできるだけの堂々とした風格を身につけた。ないもんは払えねえんだよ、おととい来やがってください。
住民税とわたしの、涙なしには語れない過去である。
ところがである。ボスが教えてくれた驚愕の事実というのは、
「フリーターは住民税を払わなくていい抜け道がある」
というものだった。なんじゃそりゃあ?
「税金には所得税と住民税があるよな。年間の所得に対して住民税が取られるというのが基本だ。ところが、ここに問題がある。勤め人の住民税は『1月1日の給料の時点で、給与の支払いを受けている人が課税される』、つまり1月1日に働いていないと課税されない。会社は1月1日時点で働いている人のリストを、これがうちの会社の社員ですよ、アルバイトですよ、と区役所なり市役所なりに申告する。かりに12月31日に辞めて、1月2日に次の会社に入れば、住民税は支払わなくていいってことになるわけだ」
頭の上に天井が落ちてきたような衝撃を受ける。なんだと、その話は。毎年住民税の支払いに苦しんできたわたしはどうなる。
「本来はそういう人も、確定申告をして、税金を納めなくてはならない。確定申告をすると、税務署から市役所に行って、住民税が決定される。しかし確定申告しなければ、住民税を請求されることはない」
ああっ、はらわたが煮えくり返ってきた! わかった、ボス。こうなったら20歳以上の国民全員に、人頭税を課しましょう!
フリーターも引きこもりも全員人頭税ですよ。人間、生きてるだけでゴミは出すでしょ。それは住民税でまかなってるわけじゃないですか。引きこもりなんて働かないうえにゴミだけは出すし、たまには漫画やゲームを買うためにだけ外に出て道路も歩く。道路も税金でできているんだから人頭税払え。働かないヤツのほうが楽をできる制度なんて潰れてしまえっ。
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