2005.01.13
山崎マキコの時事音痴 文藝春秋編 日本の論点
第 回
団塊の世代と勝ち組・負け組
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 10年ぶりぐらいに、仕事でマジ泣きしそうになった。
 去年の9月ぐらいから抱えている仕事なんだけど、最初は原稿料がいいなあと思って引き受けたら、これがとんでもなく難儀な仕事だった。入ってくる予定の原稿料を使った時間で割ったら、東京都の定めている最低賃金を割る感じ。手間がかかるのに発刊までのタイムリミットがどんどん迫ってくる。毎日がパニックの連続。それでも引き受けちまったもんはしょうがないんで昼夜問わず仕事してたんだけど、一番泣けるのは写真を押さえるのもライターの仕事ってことで。
「わたしは写真の腕は最悪ですんで、カメラマンを使ったほうが」
と、あらかじめ直訴してたんだけど、
「いいですよ、写真がメインの本ではないから」
と編集者が言うもんで、下手な写真をしこたま撮った。すると案の定、
「これ、もうちょっとマシな写真ないですか?」
との注文が。だーかーらー、最初に言ったでしょうが!
 そう思いつつも仕方なく撮り直しに走ったんだけど、写真って日光が命なんですね。はじめて知りましたよ、エエ。芸術的な写真ならば夜に撮るってのもアリなんだろうけど、建物とかの外観を撮るのは太陽がないと撮れない。そんなこんなで太陽が落ちていくのに胸がドキドキしながら焦って駅の階段を駆け下りていたら、転げ落ちた。咄嗟にかばったのは自分じゃなくてカメラで、おかげで奇妙な感じに体を捻りながら地面に叩きつけられてしまった。
 で、医者が言うには全治6週間の怪我ですよ、と。
 おまけに足首を固定されて、靴が履けない。
 しかし大人になるというのは不便なもので、ここでワッと大泣きしたらスッキリすんだろうなと思うんだけど、涙なんて一滴も出てきやしないですよ。小娘だったころが懐かしいですよ。仕事で辛い目にあったら、便所でメソメソ泣けたんですよ。涙が出ちゃう、だって女の子なんだもん。そんなの遠い昔の話なんですよ。ひたすら惨めに働くだけなんですよ。だって年金が出ないかもしれないんだもん、冷や汗が出ちゃう。食ってくためにはどんなに辛くても働くしかないだろ! 現在、老後の預貯金は最低でも3000万円って言われてるって聞いたんですよ。どうやったらそんなに貯められるんだ、無理だぽ。シルバー人材センターは書くことしか能のない無能なライターでも使ってくれるんだろうか。仕事まわしてくれるんだろうか。公園の便所掃除でもなんでもやるから仕事くれ! そうでないとわたし、たぶん赤いチャンチャンコを着たあと生きていけない。
 そんなことを考えていたら、ボスからすっごいムカつく画像がメールで送りつけられてきた。なにかというと、ボスが豪華客船「飛鳥」に乗船して優雅な船旅をしてる画像なんである。フォーマルなんか着てニヤけちゃって、
「飛鳥は1日7食出てくるから、いつでも腹が苦しい」
とかキャプションが書いてある。
 なんでも飛鳥での食事ってのは、これでもかというぐらい豪華らしい。
 朝はまずモーニングコーヒーが届けられ、それからバイキングでブレックファースト。11時にはコーヒータイム。昼になるともちろんランチ。ランチといってもそのへんの勤め人が食べてる定食みたいなのじゃなくて、銀座に遊びに来る医師妻がお友達と会食するときみたいな内容のヤツ。んで、1時ぐらいになるとフルーツタイム。3時か4時ごろになるとスープタイムみたいなのがあってパンかなんかも出てくる。夕方になるとカクテルパーティーがあって、最後には大晩餐会が待ってるんだそうだ。
「知ってるか? ちゃんとしたフランス料理のコースってのは、合間にシャーベットが出てくるんだ。何を食っても美味いんだけど、一日中食ってばかりだから晩餐会のときは腹が苦しくてなあ。でもな、君、船旅というのはなかなか良いものだよ、うん。満点の星の下、風呂に入ったり。一日中なにかしらのイベントが用意されてる。茶会とか。んで、夜はダンスとカジノな」
 飛鳥の旅から帰って来たボスが自慢する。
「それからな、セイルアウェイ・セレモニー。あれもなかなかよろしい。楽団が曲を奏でてシャンペンを飲みながら岸壁を離れていく。曲はプラターズか何かの『夕日に赤い帆』。それから船旅の良さっていうのは、荷物を運ぶ必要がないことだな。自宅から船に直接宅急便で送って、帰りも船から自宅に荷物を送ればよろしい。あとは部屋がそのまんま移動しているようなもんだから、安いパック旅行みたいに重い荷物をえいこら運ばなくていいんだ。楽だぞ。まあ君もだな、機会があったら船旅を体験してみなさい。一泊8万ぐらいだから」

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山崎マキコ自画像
山崎マキコ
1967年福島県生まれ。明治大学在学中、『健康ソフトハウス物語』でライターデビュー。パソコン雑誌を中心に活躍する。別冊文藝春秋に連載の小説『ためらいもイエス』が今年4月に文藝春秋から刊行された。小説はほかに『マリモ』『さよなら、スナフキン』『声だけが耳に残る』。笑いと涙を誘うマキコ節には誰もがやみつきになる。『日本の論点』創刊時、「パソコンのプロ」として索引の作成を担当していた。その当時の編集部の様子はエッセイ集『恋愛音痴』に活写されている。
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