2005.01.13
山崎マキコの時事音痴 文藝春秋編 日本の論点
第 回
団塊の世代と勝ち組・負け組
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 わたしはバブル世代に引っかかっているから、フレンチの正式なコースにシャーベットが出てくるのは知っている。大学に入学するまえ、
「先輩たちからお食事を誘われたときに恥をかかないように、場慣れしておきなさい」
 と姉に忠告されて、何度かそういった店に足を運び、ワインのテイスティングのやり方からフォークの使い方まで、訓練させられたからだ。
 もっとも、同級生が医者の娘ばっかりで、ランチというと大学から銀座にタクシーで乗り付けて、加賀料理の「大志満」を気軽に使っていたような姉の入った大学と違い、馬鹿とバンカラを校風とするような大学に入っちゃったので、姉の心配は無用の長物だった。先輩が連れていってくれた店なんて、安くてまずくてカロリーだけ高い、その名もずばり「カロリー」っていう店で、ここの名物の“カロリー焼き”には何度も泣かされた。要するに体育会系の校風だから先輩の言うことは絶対なので、奢ってもらったら残せない。ところがこのカロリー焼きっていうのが戦後の貧しさを体言したような食い物で、ほんのちょっとの焼肉の下に、膨大な量のスパゲッティーが盛られているんである。それをおかずにご飯を食べる。主食で主食を食ってるようなもんだから、腹だけはパンパンに膨れ上がる。喉元までこみあげても残せない。けれどどういう理由でかは知らないのだけど、うちの大学には、
「カロリーで後輩にご馳走するのが先輩としてのステータス」
という暗黙の了解みたいのが伝統として存在してたので、先輩たちは威張ってカロリー焼きをご馳走してくれるんである。680円のステータスである。なんて貧しい大学なんだ。あのときにわたしの貧乏人生は決定付けられたように思う。しかもフリーライターなんて馬鹿な仕事を選んだから、バブルの美味しさなんて全然縁がないまま農家の2階に住んで風呂代にも事欠くような生活を送ったし。しかもこれから待っているのは年金が入らないかもしれない老後である。
 自業自得だろうといわれたらそれまでだけどさ、1年のときから契約社員として働いていた勤労学生だったし、労働に関しては真面目だったはずだ。それなのに老後の保障はない。踏んだり蹴ったりじゃないか? だいたいわたしは社会に迷惑をかけるようなことは一切してない、と思う、たぶん。一方、ボスの属する団塊の世代といえばどうだ? 滅茶苦茶やって老後は安泰。世の中間違ってるですよ、ボス! わたしはどうして団塊の世代に生まれてこなかったんでしょうか。どうせこんなに貧乏に苦しむんだったら、いっそ団塊の世代に生まれてきて×核派に入り、新宿駅で機動隊に投石したりゲバ棒振るったり挙句に放火して大騒ぎした挙句、安田講堂にこもって大理石をハンマーでぶっ壊して機動隊に投石したほうが百倍マシだった気がする!
 それとね、もうひとつ言いたいんですが、こないだの『日本の論点』編集部の忘年会ですけど。恒例のジャンケン大会。千円札を首にぶらさげてジャンケンして、負けたほうが相手に千円札を渡し、最後に勝ち残ったものが全員の千円札を合計した6万いくらかを受け取るというセレモニー。勝利してあの場の総額をモノにしたのはボスじゃないですか! フツー、主催者が勝ちますか? 来賓に譲るのが常識でしょ? 貧乏してるフリーライターたちに、哀れみの心はないんですか。
「そんなことはない。我々団塊の世代だって大変なのである。だいたい君だって3択問題で景品のDVDプレイヤーを当ててさっさと帰ったじゃないか。まあ、それはどうでもよくて、我々の世代には君がさっき言ったような理由で、勝ち組と負け組がいるわけだ。きちんと大企業に就職したヤツは勝ち組な。でもそれができなかった連中はどうかというと、貯金なんかない。就職できなかったから自分で会社を興したりペンション経営したりしなくちゃなんなかった。そういう連中は借金しか残ってない。
 で、わたしがどちらの組に属するかといえば、負け組のほうだ。だからジャンケン大会に勝ってもよいのだ。その証拠に、わたしはいま、中国語の勉強をしているだろう? なんでかというと、むこうは物価が安いからな。中国語をマスターして老後はむこうで暮らそうという考えだ。祖国で老後を過ごすことすらかなわない身なのである。あと、いま、ベランダでピーナツの栽培に励んでいる。調べてみてわかったのだが、ピーナツというのはカロリーがあるけど不飽和脂肪酸が含まれていて身体にいい。中国に渡ったあと、非常食の栽培ができるようになっておこうという考えだ。
 あとな、『飛鳥』に乗ったのはあくまで取材だから。哀愁のボスは、飛鳥のドレスコードのために、生まれて初めてフォーマルウェアというやつを購入した。本当の勝ち組というのは、いま70歳前後の連中なんだよ。退社したのがバブルの絶頂期だったから、当然、退職金はいい。で、連中はな、なぜかみんなダンスが踊れる。しかしわたしは踊れない。そして今後もダンスを習うほどの暇も金もないだろう。だから、紳士淑女の楽しそうなダンスパーティーを、2階でマティーニかなんか飲みながらの見てたのだ。な、哀愁だろう?」
 全然哀愁なんかじゃないっスよ。わたしたちの世代なんてもっと惨めですよ。あのね、こないだの年末、ある出版社の編集者が忘年会を開いてくれるというので行ったんです、忙しかったけど、
「いつも働いていただいているお礼にご馳走するから」
っていうんで。そしたらね、行った先というのが巣鴨の定食屋で、まあたしかに美味しいし雰囲気があって、自分でもこれから巣鴨に行く機会があったら使おうとは思いましたけどね、定食480円なんですよ。なんでも食べてくれっていわれてもね、一品200円くらいなんですよ。で、日本酒が380円で、それを1本頼んで、結局3人で合計3800円でした。おまけにそこで説教されたんですよ。
「山崎さんの金の使い方は間違っている。金は節約するためにあるんじゃなくて、貯めるためにあるのです。いいですか、忘年会というのはこういうところで開いて、そのあとスーパーで68円ぐらいまで値切りした発泡酒を買い、だれかの部屋で飲みなおしをすればよろしい」
 さあ、団塊の世代と我々バブル弾けた以降の世代と、どっちが惨めですか?
とりあえずボスたちの世代は、剥がした敷石の代金を国に返還してください!
「うーん、俺、ピーナツの世話があるから家に帰る」
 待てぇ、勝ち逃げは許さーん!
 それでは皆様、預貯金はお大事に。赤いチャンチャンコを着たあともとりあえずは生きていけるよう、安い賃金に泣きつつ働きましょう。ではでは。

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