2005.03.03
山崎マキコの時事音痴 文藝春秋編 日本の論点
第 回
ほりえもんの首の太さとポイズンピル その1
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「うわー! テレビを消してくれえっ」
 たしか先週の月曜日だったと思うんだけど、わたしはリビングルームでおもわず絶叫していた。テレビをつけた夫はあっけにとられてポカンとしてる。
「どうしたの、いったい」
「こ、コイツは新聞記者でしょう? あるいはヤクザ、警察官。どれでもいいけど、とにかくまっとうな人間じゃないっ」
 すると夫が笑い出した。
「やだなー、これが噂の“ほりえもん”だよ。ライブドアの社長。ヤクザでも警察官でも、新聞記者でもないよ。IT企業の社長だよ」
「え、あ? そうなの」
 心臓はまだドキドキしていたが、わたしは噂の“ほりえもん”を見るために、ソファに座った。するとテレビのなかのほりえもんが、案の定、怒鳴りだしたのである。
「じつに馬鹿馬鹿しい質問だ! そんな質問をするなら、ぼくは帰らせてもらいますよ」
 うろ覚えだが、台詞はこんな感じだった。スタジオは緊張に満ちていた。アナウンサーなんか、怯えていたんじゃないかと思う。
 わたしは猛烈にある人物を思い出して、恐怖におののいた。
 この首の太さ、いまいち雰囲気にあってないカジュアルスタイル、そしてなによりもこの怒声。自分に都合の悪い質問がくると、声を荒げて他人を威圧するところ。似ている、彼に似ている。激しく似ている。
 彼とは、何者か。
 それについていまから語りたいと思う。
 わたしのかねてよりの持論に「スジ者と警察官、そして新聞記者の目つきは、みんなおんなじ」というものがある。
 新聞記者。
 そう聞いただけで、わたしなどは怯えて過敏性大腸炎を発症しそうになる。ストレスを感じると下痢が出るという病だ。おまけに新聞記者がもし目の前に座ったりした日には、恐怖のあまりなんでも言うことを聞きそうになる。はいっ、山崎、あなたの仰るとおりにいたします! ご主人様、なんでもお申し付けくださいませ。わたしはあなたの忠実な下僕。
 出版社と新聞社というのはマスコミということで同じようなもんだと思うかもしれないが、全然違う。それを知ったのは、あるとき、わたしが連載を持っているPC誌の編集部に、某新聞社からひとりの男がやってきてからだった。それが恐怖の始まりだった。
 彼は、とても首が太かった。ほりえもんと同じように。
 そして四十になろうというのに、黒い皮のパンツを履いていた。まるでフレディー・マーキュリーのような格好だった。だから彼を仮にフレディーと名づけておこう。フレディーは、これまたほりえもんと同じように「女性好き」という噂であった。それを聞かなかったとしたら、あまりにマッチョな格好から、彼をホモだと誤解したかもしれない。
 あるとき彼の首の太さが気になって、
「フレディーさんはとても首まわりがガッシリしてますね」
と言ったら、彼は満足げに、
「ベンチプレスで毎日鍛えてるからね」
と答えた。ホモではないけど、マッチョだった。
 わたしは農学部出身なので、まわりが動物の研究とかしてたんだけど、キリンはあんなに首が長いのに、どうして心臓から脳まで血が届くのかというのは謎のひとつで、ある研究室ではアフリカからキリンの首を取り寄せ、その謎を解くべく解剖して、そのあと鍋にして煮て食っちゃった、というのはどうでもいい話で、わたしはこうした経験から、人相学はないけれど「首相学」のような自説を持っている。
 首が太いと、血が頭にのぼりやすい。
 これはたぶん、解剖学的にも事実に違いない!
 だからフレディーもほりえもんも、あんなにちょくちょくブチ切れるのだ。そう、フレディーは、とってもキレやすい男だった。彼が編集部にいるあいだ、怒声が途切れることはなかった。そんな彼は、新聞社時代に自分がどんな危険な目にあったかを自慢することが多かった。そのエピソードのいくつかを紹介しよう。
(1)名古屋のほうで、自分の妻を殺したけれど、10年ぐらい押入れにしまっておいたので時効になったタクシー運転手がいた。彼はその男から一言聞きだそうと思った。彼はわたしに自慢げに言った。
「君、取材の方法って知ってるかい? ドアを開けようとしない相手に、ドアを開けさせる方法さ。それはね、相手に恥をかかせることなんだよ。だから俺は、その運転手のアパートのドアを思い切り叩いて、近所中に聞こえるように怒鳴ったんだ。『この人殺し野郎! 出て来い』。するとヤツは出てきたよ。そして黙って俺の首を絞めて2階の手すりから突き落とそうとした。殺されるかなと思ったね。殺人者の目っていうのは、ああいうものなんだと思ったさ」
 わたしは話を聞いて震え上がった。
 で、これはのちの話になるんだが、ある温厚なクリスチャンの編集者がいて、彼が以前、雑誌の部署にいて、記者をやっていたというからわたしは驚いた。なぜって、クリスチャンだけど仏さまみたいな顔をした彼に、そんなヤクザな真似ができるとは思わなかったからだ。よくやれましたね、記者なんて。すると彼は不思議そうな顔でわたしにどうしてと尋ねたので、首絞めの話をしてきかせた。すると彼は眉をひそめた。
「それじゃまるでヤクザじゃないですか」
「え、でも取材ってヤクザなものなんでしょう? 脅してすかして相手から話を聞きだすのが基本だって聞いたんですが」
 すると彼は自分はそんなことはしなかったといい、自分の取材方法を教えてくれた。
「お手紙を書くのです。加害者宛てに。だからいまも文通している死刑囚の人がいますよ」
 これがまあ出版社と新聞社の文化の違いの例である。
 だがまあ、まあ、この人もよく事件記者が務まったなとちょっと思ったけどさ。お手紙って、平安時代の貴族じゃないんだから……。だから書籍にまわってきたのかと疑った瞬間だ。ま、それはどうでもよくて、次。
(2)御巣鷹山日航機墜落事件のとき、速報を狙ったフレディーは、伝書鳩を抱えて行ったらしい。で、伝書鳩の足にむごい写真をたくさんつけて放った。
「そしたらさー、ちょっと重すぎたみたいでぇ、鳩が山のなかに墜落していっちゃったよ。あはははははは!」
 笑いながら話すなっ、鳩が可哀想だろうがー! 


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山崎マキコ自画像
山崎マキコ
1967年福島県生まれ。明治大学在学中、『健康ソフトハウス物語』でライターデビュー。パソコン雑誌を中心に活躍する。別冊文藝春秋に連載の小説『ためらいもイエス』が今年4月に文藝春秋から刊行された。小説はほかに『マリモ』『さよなら、スナフキン』『声だけが耳に残る』。笑いと涙を誘うマキコ節には誰もがやみつきになる。『日本の論点』創刊時、「パソコンのプロ」として索引の作成を担当していた。その当時の編集部の様子はエッセイ集『恋愛音痴』に活写されている。
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