2005.10.13
山崎マキコの時事音痴 文藝春秋編 日本の論点
第 回
敷島パン19億円横領と愛されたい女たち
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「わたしは、ほんとに女になりたかった。2億円だぜ、2億円。2億2000万円。2億円横領してもすごいのに、2億円ただもらっちゃったのもいる。横領したオヤジはうらやましくない。もらった彼女たちがうらやましい!」
 真夜中、ボスこと『日本の論点』の編集長が悲しい雄たけびをあげた。
 パスコこと敷島パンで、すんごい横領事件がおきてしまった。チリのアニータのときのように、数年は皆が忘れそうもない横領事件だ。56歳の敷島製パン元健保事務長が、愛人17人との交際のために、組合の保険費を19億円も横領したっていうんである。今週、どんなテーマについて知的会話(痴的会話とか言わないように、そこ)を交わそうか、とボスと話していて、
「やっぱ最近で目立った事件っていうと、『超熟』シリーズでお馴染みのパンのパスコの56歳超熟オヤジのエロエロ横領事件じゃないでしょうか」
といったら、ボスはこの事件を新聞では見たけど意識からスルーしていたらしくて、
「なんだねその事件は。あったかな、そんなの」
というから、珍しく詳細をわたしのほうが教えることになった。健保組合の事務長になったオヤジが愛人17人との交際のために、15年間に渡って横領し続け、ついには19億も使い込んだあげく、だんだん組合の口座にお金が少なくなってきたら、自ら提案して保険料の引き上げをやったりの、したい放題だったこと。で、横領の目的は「たくさんの性交渉をしたかったため」。おかげでネットでは「超熟」って言葉が瞬間的に流行ったこと。女性に近づくときは資産家の息子のフリをしていたこと、17人の愛人たちのうちの3人には婚外子をもうけたこと、などなど。
 ボスより2歳年下のこの被告について延々と語って聞かせたところ、
「まて、『超熟』っていったら……わたしがおとといの真夜中、コンビニでひとり寂しく買ったパンじゃないか! うわあ、食べちゃった」
とか叫んだり、いや別にパンに罪はないだろっていうか、とにかく意味不明の激烈な拒絶反応を示して、まったく知的な会話にならない。あろうことか、事件の新聞を引っぱり出して、
「てことは、月のお手当てっていうのか? あれはどれぐらいだったんだ」
と電卓叩いて試算しはじめた。
「17人でこのオヤジを相手にしてたってえことは、月にたった2回かあ……。それでこの金額! 2、3000万しかもらえないのもいたらしいけど、どこが違ったんだろう?」
 あの、ボス、すっごく……権威が崩壊してきてます。
 しかたない、ここはわたしが主導権を握って、すこしでも知的な会話を。
 ボスに質問。超熟な男性心理に迫る!
 同じお年頃の男性としてお答えください。わたしが男で19億円横領できる立場にあって、「たくさんの性交渉をしたかった」としたら、高級ソープにばんばん通うと思うんですが。19億でたった17人でしょ? 大雑把に計算しても、ひとり1億かかるわけでしょ? なんかね、費用対効果がですね、いまひとつという気がすんですが、そのへんどうなんでしょう。
「わたしはわかるね。わたしぐらいのお年頃になると、一見さんって嫌なのよ。毎度新規開拓する、そういうのが面倒になる。でも、17人を相手にするっていうのも、考えただけで疲れるけど」
 あー、それはわかる気がしますね。わたしも若い頃はですね食べもの屋さんを新規開拓するパワーにあふれていたんですが、最近はですね、
「ああ、美味しくない……なんてまずい……」
と思いながら、なんとなく、近所だからとかそんな理由で馴染みの店に通い続けますからねえ。馴染みでないと嫌、っていうのは、精神的に不活発、細胞分裂も不活発、すなわち、人間の熟し度合いと関係してくる精神構造かもしんないですね。



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山崎マキコ自画像
山崎マキコ
1967年福島県生まれ。明治大学在学中、『健康ソフトハウス物語』でライターデビュー。パソコン雑誌を中心に活躍する。小説は別冊文藝春秋に連載された『ためらいもイエス』のほか、『マリモ』『さよなら、スナフキン』『声だけが耳に残る』。笑いと涙を誘うマキコ節には誰もがやみつきになる。『日本の論点』創刊時、「パソコンのプロ」として索引の作成を担当していた。その当時の編集部の様子はエッセイ集『恋愛音痴』に活写されている。
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