2005.10.27
山崎マキコの時事音痴 文藝春秋編 日本の論点
第 回
ごみ34分別の町とコンポスト その1
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 そのとき、わたしは悩んでいた。
 場所はタワー型高層マンションの7階のベランダ。目の前には青い蓋つきのポリバケツがひとつ。
 ベランダのむこうでは、ゆりかもめが数分感覚で走っている。
 タイミングを見計らえばそれは誰の目にもとまらず可能だ。が、しかし。
 そういう問題じゃあ、ないような気がする。
 「やるならいまだ」という声と、「まて、なにかが引き返せなくなるぞ」という声が、頭のなかではせめぎあっていた。
 わたしが何に葛藤していたかをいまから告白しよう。
 ベランダで、スカートをまくりあげて、
「うんこ」
をするかしないかで、とっても迷っていたのである。このとき、わたしは20代後半。
 すっかり忘れていた。
 いいや、忘れようとしていた若い日の記憶がまざまざと思い浮かんできたのは、ボスがなにを思ったのか、
「すごいぞ、この町は。徳島県上勝町というんだが、なんとゴミを34種類にもわたって分別しているらしい」
と興奮して、今週はゴミの分別について語り合おう! と言い出したからなんですよ。冒頭の話につながるまでにはまあちょっと長くなるけど聞いてくれ。
 で、どうやらこの町の行政に感動したらしいボスは、上勝町のゴミ分別の表と、町長が『日本の論点』に寄稿した「わが町のごみ分別は三十四種類。やればできる究極のごみゼロ社会」という原稿をFAXで送信してくれた。
 そしてボスは電話口で興奮ぎみに語った。
「34種類だぜ、34種類。もう、ゴミ分別のマニアになっちゃいそうだよな!」
 送られてきたFAXに目を通し、分別の内訳を眺めながら、わたしはおもわず、
「ふっ」
と余裕の構えをみせた。
 34種類。
 アルミ缶、スチール缶、スプレー缶、金属製キャップ、透明ビン、茶色ビン、その他のビン、その他のガラス類・陶器類・貝殻(貝殻はガラスや陶器と同じ扱いになるのはちょっと発見だったが)、乾電池、蛍光灯――あげていくと長くなるのでこのあたりで切るけど、目新しい発見がなかったわけではないが、わたしがもし明日から上勝町の住人になったとしても、
「これくらいの分別は、わたしにかかればご覧のとおりだ、オラオラオラオラ!」
ってな程度の勢いでやれそうな感じなんで、とくにどうともない。
 普通の人ならこの項目の多さにめまいがするのかもしれないが、世には環境オタクというのがいて、環境にいいことをするのが快楽、
「富士山を世界遺産に登録するため、樹海のゴミを掃除しましょう!」
と呼びかけられたら喜んで自腹切って出かけて樹海を清掃、テレビなどの粗大ゴミを見つけようものなら、まるで徳川の埋蔵金でも掘り当てたごとく目を輝かせて拾い上げたりするような人たちがいるんである。そういう人種は、一般の人の感覚からだいぶズレたところにいるので、
「ここに住んだら34分別してもらいます!」
といわれると、嫌がるどころか、
「ぜひ、上勝町に移住させてください!」
と目をキラキラさせるに違いないよ。ただ、
「つきましては仕事のほうをご紹介いただきたく……」
のほうで挫折すんだろうけどさ。
 で、恥ずかしいけれど、わたしもプチ環境オタクなんです。どうしてそうなっちゃったんですかと問われたら、農学部出だったからだろうとしか言えないなあ。大学のとき土壌学研究室ってとこにいたんだけど、ちょうどその時期、酸性雨による酸性土壌が問題としてクローズアップされているときで、右をむいても左をむいても環境環境いってるような状況だった。しかも農業というのは最大の環境破壊産業と、その道の人にいわれるほど、農薬だとか食品添加物だとか、環境に対する配慮に過敏にならざるをえない課題に満ちている。



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山崎マキコ自画像
山崎マキコ
1967年福島県生まれ。明治大学在学中、『健康ソフトハウス物語』でライターデビュー。パソコン雑誌を中心に活躍する。小説は別冊文藝春秋に連載された『ためらいもイエス』のほか、『マリモ』『さよなら、スナフキン』『声だけが耳に残る』。笑いと涙を誘うマキコ節には誰もがやみつきになる。『日本の論点』創刊時、「パソコンのプロ」として索引の作成を担当していた。その当時の編集部の様子はエッセイ集『恋愛音痴』に活写されている。
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