2005.11.03
山崎マキコの時事音痴 文藝春秋編 日本の論点
第 回
ごみ34分別の町とコンポスト その2
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 さて、ここまでならわたしの頭でもなんとか考えられそうなことなんだが、ここから先がすごい。全国あちこちに、生ゴミを資源活用している自治体は多いのだけど、そこで問題になるのが、「できちゃった堆肥をどうするか」ってことだったりする。行政で作った堆肥の質があんまりよくない場合が多くて、その引き取り手に困るパターンが多いのだ。結局、町で管理している公園の堆肥にするしかないとか、そんな状況で、堆肥ばかりが倉庫のなかに増えていくという、別の問題を抱えることになってしまう。
 そこで茂木町は、どうせやるなら農家が、
「欲しくってたまんないからちょーだい」
という質の高い堆肥を作ろうと考えた。
 そこで活用されたのが、茂木町の森林資源である。
 里山の荒廃により、熊が民家のあるあたりにも出没するようになったというのは去年のニュースでさんざん聞いたと思うけど、茂木町の里山も荒れていた。落ち葉を集めて堆肥にする習慣が廃れてしまっていたからだ。
 そもそも、堆肥の原料として、落ち葉というのは最適であるらしい。
 なぜかというと、落ち葉のなかには土着菌、発酵菌があるのだ。昨今の耕作土というのは、土壌消毒のせいで善玉菌までなくなっているのだが、落ち葉を堆肥の原料として使うことによって、善玉菌を堆肥のなかに戻してやるという効果が生じる。微生物による耕作土の再生である。
 町は、毎年民間から落ち葉を250トン買い取り(ようするにこれが里山の持ち主の副収入にもなる)、80ヘクタールの雑木林を保全することになった。費用にして、年間400万円程度だ。さらに、間伐林も資源利用することにした。それまでは間伐しても、輸送コストがかかるからと、山のなかに倒したままになっていた。これが腐食して土に還るまでには15年の月日を要する、森林状態にもよくない。そこで、リサイクルセンターに持ち込んでくれたら、1トン4000円で町が購入することにした。これを粉砕して、堆肥の原料としたのである。その結果、毎年、20ヘクタールの森林が守られる。
 かくして毎年、100ヘクタールの里山を保全できるようになった。
 ゴミ問題の解決と里山の保全。これだけでも十分、美しい問題の解決方法である。しかし茂木町の取り組みはここだけでは終わらない。というのも、
「農家が欲しくてたまらない究極の堆肥作り」
という目標があるためだ。
 ここで問題になってくるのは、生ゴミと牛の糞は水分率が90%であることだ。堆肥の発酵をよくするには、つまり質の高い堆肥を作るためには、それを65%まで落とさなくてはならない。それが重要な技術となる。
 そこで、堆肥のもうひとつの原料として、籾殻(もみがら)に目をつけた。それまでは畑や田んぼで野焼きしていたものである。籾殻には、土をふかふかにする能力がある。半球状の硬い形をしているので、空気をふくむのだ。とくに排水の悪い粘土質の土などは、籾殻の堆肥が入っていると、物理性がよくなるという利点がある。
 ならば生で漉き込んでもいいような気もするが、これができない理由は、ちょっと難しくなるが、炭素と珪酸が多い籾殻を生のままいれると、分解する過程で窒素飢餓を起こしてしまうからなのだ。前回の「時事音痴」で触れたけど、わたしが「うんこ」をするかしないかで迷った理由が、堆肥とする原料の炭素と窒素の比率、C/N比だったことを思い出して欲しい。炭素が多いものは分解する過程で窒素を必要とする。だから炭素率が高いものをそのまんま土に入れると、植物の成長にとって大切な窒素を奪ってしまい、生育不良になるのである。なので、窒素系の堆肥の肥料である蓄糞とまぜあわせることによって、安定させてから土に返すことが重要となる。
 こうして、蓄糞、生ゴミ、落ち葉、間伐材、籾殻――の5種類の原料が選定された。
 また、こうした取り組みが酪農生産者の負担とならないよう、蓄糞の収集も町が行い、酪農家が酪農に専従できるようにした。もちろん、生ゴミの収集も町がやる。こうして原料の安定供給も可能になった。
 さらに町では堆肥の「切り替えし」にスクリュー攪拌という方法を用いていて、好気性発酵を行った。これも特筆すべき点なんだが、この理由を延々と述べていると「日本の論点」の枠を外れて農文協の「現代農業」の原稿になってしまうんでやめておく。まあ、ポイントは「発酵熱をちょうどいい感じに高めた、高品質の堆肥の製造」だ。前回の原稿でもちらりと触れたが、適度な発酵熱というのが、品質のよい堆肥を作るにはとっても重要なことなんである。高すぎても低すぎても、あんまりよろしくない。
 こうして農家が使いやすい質の高い堆肥を作った結果、茂木町役場の肥料は農家から引っ張りだこになった。徹底的にゴミ問題に取り組んだ結果、茂木町はエコロジスト憧れの地産地消を実現させちゃったんである。ちなみに冒頭でいった「もてぎの棚田米」や、この堆肥で作られた野菜なんかは、町内の学校給食にもちいられている。自分たちの子供に安心できる農産物を食べてもらいたいという願いもかなえられているわけである。(ちなみに「もてぎの棚田米」は、こうした理由によりほとんどが地元で消費されて、あんまり手に入らないみたい)。
 茂木町の美土里館の職員さんたちは、これから忙しい時期を迎える。秋、田んぼを刈り取ったあとに、堆肥を入れるので。茂木町役場農林課土づくり推進室の、矢野さんにお話を伺ってみた。
「稲の根がですね、堆肥を入れた田んぼだと、化学肥料のものと比べて倍ぐらい量があるんです。とくに細かい根が多いのが特徴です。細かい根が多いと、ミネラルの吸収率も高くなり、さらに、倒れにくいんですね。今年入れた人も、しなってきたときに、倒れそうで倒れないでもっているといってくれます。化学肥料入れちゃうと、ばたっと倒れるのに、と」
 こういう話を伺うと、日本もまだまだ捨てたもんじゃないなと思えるのだが、どうだろうか。
 首都圏で茂木町と同じことをやるには無理がある。だから生ゴミ処理にはまた別の方法を考えなければならないとは思うのだが、茂木町のような問題を抱えた自治体はきっと数多くあるはずだ。少しずつこういう取り組みが増えていくのを願ってやまない。
 と、きれいに終わりたいところだが、
「で、俺の出番は、結局ないのか」
とボスが口うるさくいっているのが面倒である。わかった、来週はもっとボスの話を聞きますから、と誤魔化して、今週はとんずらすることにしよう。

つづく

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