2005.12.29
山崎マキコの時事音痴 文藝春秋編 日本の論点
第 回
耐震強度偽装問題と庶民感情 その1
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 先週、ボスから、
「今週は耐震強度偽装問題について考えようか」
といわれて、難しい話をされたり、しこたま資料をもらったりしたんだけど、書き上げた「時事音痴」の原稿が、
「姉歯設計士、起死回生の技を提案! 証人喚問のときに、やおらズラを脱いで、ガバッと土下座。このパフォーマンスで、たちどころに国民感情は軟化する」
という内容だったので、ボスから、
「没!」
と問答無用で却下されてしまった。
 というわけで、2週間ぶりの時事音痴でございます。しょうがないから真面目に行くぞ。
 じつはわたし、この問題を、あまり真面目に論じたくない理由がある。
 というのも、実家が建築関係で、サッシの施工とか請け負ってるんだけど、最近の施主さんの傾向として、
「安いか高いかという価値基準しか持ち合わせてない」
という人たちが増えてきているという現状がある。
 モノというのは、それ相応の値段というものが存在する。
 これが解っていない施主さんが、多すぎるんだよね。
 もちろん、不景気なこの時代だから、こちらも利益率を限界まで落とした見積もりを提示するわけだけど、それでも施主さんたちは、
「まだ高い、まだ高い」
とわめき散らすわけですよ。なにを基準にして「高い」といってるのかはわかんないんだけど、こちらがどれだけ努力をしようが、不満。この人たち、すべての建築資材が「タダ」にならないと納得しないんじゃないかという勢い。
 で、しょうがないのでこの施主さんには、住宅に用いるサッシに、普段は、
「畜舎」
でしか使わないサッシ、つまり、ぶっちゃけていえばブタ小屋用のサッシを使いますかと提案したら、
「ほらやっぱりもっと安くなったじゃないか! いままで俺たちを騙していたんだろうが、そうはさせないぞ」
とご満悦だったという、泣けてくるような事例が実際にあったんだよね。
 ご満足されてなによりでございますが、あなたのお住まいのサッシは、どこからどうみても、ブタ小屋用です。ありがとうございました。
 モノにはそれ相応の値段があることを知らない、安さにしかこだわれない施主を、わたしはそれ以来、「ブタ小屋施主」と命名してる。
 そこへ持ってきて、今回の耐震強度偽造問題であげられたマンションが、
「同じ100平米のマンションでも、そのあたりの相場と比べて1000万は安かった。しかも公庫付きマンションじゃない(マンションを買ったことのある人間なら、最初に勉強するのが、公庫付きのマンションを買え、だというのは常識だろう。公庫による厳しい検査があるから。わたしも公庫付きのマンションを買ったが、近所には同じ平米数で1000万安い怪しげなマンションも、たしかにあったよ。でも、それは買わないのがお約束だろう?)」
という事実を知るにつけ、頭のなかを「ブタ小屋施主」の言葉が点滅してしまったわけである。
 で、さらにいえば、こういうブタ小屋施主が増えすぎたおかげで、まっとうな商品を、できるだけ良心的な価格で売りたいという、当たり前の感覚をもった施工者たちが、逆に、
「あそこで買ったものは高かった! 悪徳業者に騙された」
と、いわれのない誹謗中傷を受ける羽目になってしまっているという現状がある。だからニュースで被害者の方々がいくら泣こうと、あなた方どうせ安ければなんでもよかったんでしょう? という冷ややかな視線しか投げかけられない自分がいて、自己嫌悪に陥る。たぶん、これが好景気の頃だったら、純粋に被害者の方々にも同情できたように思うし、こんな嫌な気持ちにもならずに済んだのだろうと思うが、わたしを含めて、社会全体が、
「貧すれば鈍する」
という状態に陥っているのかもしれない。悲しいことだ。
 てなことをボスに語ってみたところ、
「そうだなあ、被害者叩きの話は、やったところでなんの解決にもならんし、聞いていてあまり気分のいいものじゃないから、それについて語るのはわたしは反対だね。みんなで被害者叩きをしているうちに、それに気をとられて、陰に隠れた重大な問題を看過してしまう危険すらある」
と叱られた。そして、
「この問題の陰には、80年代から続くアメリカの『規制緩和』要求と、それに対して折れ続けてきた日本という構造が隠れているんだ。マンションを購入した人の自己責任だけに話を終始させていては、問題の解決にはならない」
と教えられたのだった。



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山崎マキコ自画像
山崎マキコ
1967年福島県生まれ。明治大学在学中、『健康ソフトハウス物語』でライターデビュー。パソコン雑誌を中心に活躍する。小説は別冊文藝春秋に連載された『ためらいもイエス』のほか、『マリモ』『さよなら、スナフキン』『声だけが耳に残る』。笑いと涙を誘うマキコ節には誰もがやみつきになる。『日本の論点』創刊時、「パソコンのプロ」として索引の作成を担当していた。その当時の編集部の様子はエッセイ集『恋愛音痴』に活写されている。
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