2006.01.26
山崎マキコの時事音痴 文藝春秋編 日本の論点
第 回
これがリアル沖縄移住だ! 田舎暮らしを考える 
その1
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 世間がライブドア一色の今日この頃、まったくマイペースの時事音痴でございます。どうもこんにちは。本日は田舎暮らしについて考えます
 なぜいまごろそんなことを考えるのか、といったら、『日本の論点2005』で立松和平氏と高橋秀実氏が「なぜいま田舎暮らしなのか」といって意見をぶつけているのを、わたしが読んだからという、時事の流れとまったく関係のない理由です。どうもすいません。
 なんでもその対論によれば、いま、第三次田舎暮らしブームというのがやってきて、なかでも「スローライフ」とかいって、沖縄が人気なんですと。
 で、わたしの父親も、じつは去年の暮れ、ほんの1カ月ちょっとまえまでは沖縄で暮らしていたんです。なんでかというと、さらに話は3年前にさかのぼる。
 父が、江戸時代の末期に作られた素晴らしい石橋がたくさん残っている大分に行って絵を描きたいと言い出して、わたしと一緒に大分県を旅行したからなのである。
 大分に行って、なぜ、沖縄なのか。
 問題はそこです。わたしは絵なんか描くつもりはない。暇でたまらんので、そのときレンタカーのなかでガンガンとネーネーズのCDをかけて時間を潰していた。知らない人のために一言断っておくと、ネーネーズというのは沖縄出身の四人組の歌い手さんで、「黄金の花」というのが代表曲である。
 歌いだしはこんな感じ。
 素朴で純情な沖縄の人々よ、黄金で心を汚してくれるなかれ、と歌い上げる。君の心の故郷にはどんな花が咲いているのか。黄金に心を奪われず、沖縄の心を忘れてくれるなかれ――だいたいこんな感じの内容だ。
 名曲である。まさにいま、ホリエモンに聞かせてやりたいような曲である。
「黄金で心を汚さないで」
 ホントにねえ。
 そんなわけで、最初はよかったんである。父も、
「いい曲だなあ」
と感銘し、わたしもそれに同調し、和気あいあいと旅は続きましたとさ。と、そこで話は終わってくれたらよかったんだが、ネーネーズの「黄金の花」に感動した父は、突如としてこう宣言したんである。
「俺は、沖縄に移住する! これが最後の頼みだ、俺を沖縄に行かせてくれ」
 ネーネーズの歌に感動した父は、沖縄にたぶん「癒し」を見たのだろう。
 ちなみにわたしは「リピーター」と呼ばれる部類に入る沖縄好きの人間だ。沖縄の離島はもちろんのこと、本島には何度行ったことか、数えるのも面倒なぐらい沖縄に行ってる。ここ10年ぐらい、1年で平均すると3度ぐらいは通っていたはずだから、30回か? とにかく自分でもわからないくらい、沖縄には行ってる。沖縄好きが高じたあまり、一時は沖縄タイムスまで購読してた。1日遅れで届く新聞。そこには本土では起こりえない事件が満載だった。
「××島の漁師、珊瑚の上でサメを撃退」
 ある離島の漁師の方が、サメに追われ、テーブル珊瑚の上に乗って、モリでサメを撃退したというような記事である。本土だったら、
「××村の老人、素手で熊を退治」
みたいな感じか。ついでに沖縄語講座も一生懸命読んでた。
「慶良間やみゆしが、まつ毛はみゆらん(慶良間島のような遠いところは見えても、自分のまつ毛は見えないものだ。灯台もと暗しのようなことわざ)」
とか、いまでも暗記しているぐらいだ。それくらい好きだった。




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山崎マキコ自画像
山崎マキコ
1967年福島県生まれ。明治大学在学中、『健康ソフトハウス物語』でライターデビュー。パソコン雑誌を中心に活躍する。小説は別冊文藝春秋に連載された『ためらいもイエス』のほか、『マリモ』『さよなら、スナフキン』『声だけが耳に残る』。笑いと涙を誘うマキコ節には誰もがやみつきになる。『日本の論点』創刊時、「パソコンのプロ」として索引の作成を担当していた。その当時の編集部の様子はエッセイ集『恋愛音痴』に活写されている。
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