2006.06.08
山崎マキコの時事音痴 文藝春秋編 日本の論点
第 回
ごめんなさい野口健さん 不埒な富士山清掃 その2
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 明大農学部卒業生で唯一の有名人は登山家の植村直己氏だが、彼などは都会を離れすぎてマッキンリーにまで登ってしまった。ついでにいえば植村直己氏は登山資金を稼ぐために、大学卒業後、アメリカかどこかで不法就労をしたらしいんだけど、そのときの仕事というのが、
「葡萄もぎ」
だったとか。なぜ、葡萄もぎだったのか。酒場でウエイターをするとかじゃ駄目なのか? せっかくアメリカまで行ったのに。
 ま、それはいい。とにかくそんなわけで、団塊の世代と農学部の学生を乗せながら、バスは樹海へと着いた。
 ツアーのスケジュールは、午前中が「樹海のエコハイキング」で、午後が「樹海のごみ拾い」である。
 そう。樹海、じつはハイキングができるのだ。
 しかも、「地図」まである。
 ということを、ハイキングを引率するインストラクターから、樹海の入り口の、「早まるな!」みたいなことが書いてある看板の近くで教わる。インストラクター氏が熱弁を振るう。
「だからといってですね、その地図が役に立つかというと、たちません! 理由はいくつかあります。ちなみに、樹海のなかは方位磁石の針がグルグル廻ってしまうという俗説がありますが、あれは、嘘です。少なくともわたしの経験上、そんな場所はありません。もし見つかったら教えて欲しいくらいです。それなら方位磁石が役に立つかというと、たちません。皆様のなかによほど訓練を積んだ登山家の方がいらしたとしても、おそらくは無理でしょう。というのも、この高低差です」
 指さされた樹海の地面を見る。
 樹海に入ってまず気づくのは、樹海の地面が全然平らじゃないことである。深さ2メートルから深さ7メートルぐらいのあいだのくぼ地が、入り乱れて存在している。うまく説明できないのだが、艦砲射撃で大きさが一定でない大穴をドッカンボッコン作ったあげく、そのうえに溶岩でできた巨岩を滅多やたらとばら撒いて木を生やしたらこうなる――そんな感じだ。
「方位磁石を見ながら進むとしましょう。しかし、くぼ地に降り、そして登る。するとそのあいだに体はどのくらい回転しますか? 方角がわからなくなる理由はここです。それからもうひとつ。どこまでいっても似たような風景。地図はあっても、物の役に立ちません。分岐点に来ると、なぜか、進んではいけない方向のほうが正しいような気がしてくる」
 このインストラクター氏、喋っているうちに自分で興奮していくタチらしく、聞いているほうはかなり飽きてきているのに、えんえん話す。
「さらにいえば! 樹海の恐ろしさは、近くに人の姿が見えても、その声が届かないという点です。樹海の樹木というのは、噴火してそう時間の経過していない大変薄い地層のうえに生えていますから、背が高くなると、自重で自然倒木します。このため、低層、中層、高層、あらゆる高さの樹木が生えているのです。するとどうなるか。音という空気振動のエネルギーが、葉を揺らす運動エネルギーに変わってしまうのです。ちょうど障子を何枚も重ねてその手前で叫んでいるように、障子は震えるけど声は届かないということになる」
 たしか3年近く前の記憶をたよりにしていま原稿を打っているので、そうとうあやふやなのだが、インストラクター氏は大筋、このような話をなさいました。と思ったな。
 で、いつになったら問題の樹海のなかを歩かせてもらえるんだよう。
 樹海の危険については、もうわかったよう。
 痺れを切らしたわたしを待っていたのは?
 いかん、また来週に延びてしまった。それでは次週、今度こそ懺悔。

つづく

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