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さて一行は、それぞれ手にごみ袋を持ち、軍手をして支度を整えた。そして、
「一言でも野口さんとお話できたらいいな」
という気配を漂わせながら、おずおずと機会を狙って野口さんと言葉を交わしつつ、それはそれは、楽しそうにごみ拾いを始めた。樹海のごみは、樹海を横断する道路のすぐそばに捨てられているので、その道路を歩きながら、ごみがないか目を光らせるのである。善良なる参加者たちは、空き缶を見つけては、
「あった!」
と拾いに走る。野口さんとともに環境保全の運動に取り組めるなんて。お役に立っておりますか。みんななんか、そんな感じだ。
一方、わたしはといえば、ごみを探すふりをしながら、あくまでくぼ地を狙っていた。たまに、こういうところにも正体不明のごみが投棄されていたりするので、まったく役に立っていなかったわけではない。自分の意図するところではないが、人のいかない場所で変なごみを拾ったりして、まったく賞賛されたりした。でもやっぱり、腹のなかは真っ黒である。
“お宝”はどこだー。一目でいいから“お宝”を拝みてえぜ。
野口さんとともにみんなを引率しているインストラクター氏の目には、そんなわたしが、
「とっても熱心なエコロジスト」
に見えたらしく、
「ごみ拾いに熱心になるあまり、あまり樹海に足を踏み入れないでくださいね! 戻れなくなったら大変ですよ」
と声をかけてくれた。すると周囲の人たちが笑いながら賛同した。
「気をつけてくださいね。自分がごみになっちゃいますよ!」
ものすごい勢いで、誤解されてる。
盗人にも五分の魂。わずかに残る良心が、とってもとっても呵責をおぼえる。けれどここで負けてはいけない。いい人軍団の善良な心に、負けてはいけない。わたしは悪党。悪の道を貫くぜ!
とか思っていたら、むこうのほうで、デカ物の廃棄物が見つかった。不法投棄された冷蔵庫である。見ればわたしと同様、腹のなかが真っ黒なはずの担当編集者が、それを担いで集積所に持ち運ぶ男たちの群れに混じって、額に汗しているではないか。
「わっせ、わっせ!」
どうやら担当編集者、いい人軍団のなかにいるうちに、わたしを裏切って、いい人になってしまったらしい。
そのときだった。
わたしの目は、くぼ地に散乱している人工物を捕らえていた。
折られたカードが、散乱している。大手都銀のキャッシュカード、JALのマイルを貯めるカード、そのほかあれこれ、身分証明になりそうなものすべてが折られている。それが、くぼ地の陰に散乱していたのである。
そのそばには、男物とわかる牛革の黒い財布も落ちていた。なかに入っていたのは、領収書が1枚だけ。この男性、山中湖畔のホテルで1泊していた。日付は冬だ。そして、その横には、空っぽになった風邪薬の瓶が転がっていた。
もしかしてこれって……。
どきどきしながらそれらを収集して、くぼ地を這い出た。冷蔵庫祭りのせいで、みなお神輿のように冷蔵庫を担いで、
「わっせ、わっせ!」
とやっているのを尻目に、わたしは樹海をふらついた。
すると、そこから数メートル離れたところに竹筒があり、手向けられた花が枯れていた。
そうか、わかった。発見された時期は春先だった。くぼ地には雪が積もっていて、これらのカード類は雪におおわれていたのだ。
しばし黙祷したのち、担当編集者のもとへと足を速めた。
集積所で、冷蔵庫を運び終えた担当編集者は、汗をぬぐっていた。また、むこうのほうでは、次のデカ物廃棄物がみつかったらしく、騒がしい。
わたしは担当編集者に折れたカードの類を見せ、勢いこんでいった。
「ありましたよ! “お宝”。ほらっ」
すると編集者は、
「カードに財布だ? そんなもん、ただのごみだ! 捨てちまえ」
と、わたしの手から“お宝”をもぎ取ると、ごみ袋のなかにばっさり捨てるではないか。そして、
「俺は忙しいんだ。むこうで鉄骨みたいのが見つかったらしいんだから!」
というや、走っていってしまった。
わあ、“お宝”がごみといっしょに。もしかしたら、身元不明者の身分を証明したかもしれないブツなのに。
こうしてわたしの“お宝探し”は終わった。複雑な思いとともに。
ま、そういうわけでわたしは以来、野口さんのお写真などを拝見するにつけ、後ろめたい気になる身になったわけだ。ここに懺悔すると同時に、最後にすこしだけ真面目になって、せめてものお詫びにかえようと思う。
野口さんはこの運動に携わるようになってから、不法投棄をしている悪質な業者からの嫌がらせを仕掛けられ、何度も引越しを余儀なくされたそうだ。それでもいまなお、野口さんは戦い続けている。この活動に参加したいという有志は、「特定非営利活動法人 富士山クラブ」に飛ぶと、情報が載っているのでご参照のほど。また近々では、7月2日に「野口健と行く富士山清掃」のツアーがあるそうです。参加費は、いま見たら、たったの3000円でした(4000円か5000円といって、すみませんでした)。
「富士山が変われば、日本が変わる」
そう信じて戦う野口さんの運動が成功するのを祈念して、3回連続の懺悔を終わりたいと思う。
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